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【ネタバレあり】ホロコーストを“観光”する違和感とは?『リアル・ペイン 心の旅』が突きつける問い

映画『リアル・ペイン 心の旅』基本データ

  • タイトル:『リアル・ペイン 心の旅 』(原題:A Real Pain)
  • 公開年:2024年(米国ほか)、2025年1月31日(日本)
  • 監督:ジェシー・アイゼンバーグ
  • 出演:
    • ジェシー・アイゼンバーグ(デヴィッド)
    • キーラン・カルキン(ベンジー) ほか
  • 上映時間:90分
  • 主な受賞・評価
    • 第97回アカデミー賞 脚本賞ノミネート
    • 同助演男優賞(キーラン・カルキン)受賞
    • ポーランド国内インディ映画としては異例の興行収入を記録
  • 視聴方法:ミニシアター系で短期上映後、2025年4月16日よりDisney+にて配信開始

この記事でわかること

  • 映画『リアル・ペイン~心の旅~』のあらすじや基本情報
  • ユダヤ系アメリカ人従兄弟がホロコースト史跡を巡る“ロードムービー”的展開
  • コメディとシリアスを行き来する独特の作風と“商業化された追悼ツアー”への批評性
  • 監督&主演のジェシー・アイゼンバーグ、助演男優賞を受賞したキーラン・カルキンの演技の魅力
  • 観終わったあとにじわじわと感じる「リアルな痛み」とは何か

はじめに

こんにちは。当ブログ『ねことシネマ』にお越しいただきありがとうございます。今回は、ジェシー・アイゼンバーグが監督・脚本・主演を務め、話題を呼んだ『リアル・ペイン~心の旅~』をご紹介します。
第97回アカデミー賞で脚本賞・助演男優賞にノミネートされ、助演男優賞には見事キーラン・カルキンが輝きました。彼の名前を聞くと、「ホーム・アローン」シリーズでおなじみマコーレー・カルキンの弟というイメージを持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、本作での演技はまさに圧巻。アカデミー賞受賞もうなずける存在感でした。

日本では2025年の1月末にミニシアター系で小規模に公開され、上映期間も短かったため、観逃してしまった方も多いようです。実は私もその一人。ようやく2025年4月16日からDisney+で配信が始まり、「これは見逃せない!」と飛びつくように鑑賞したところ、「もっと早く観ておけばよかった…」と思うほどの濃厚な作品でした。ただ、その魅力を理詰めで説明するのは意外と難しく、言葉にしづらい不思議な余韻が残る映画だと感じました。

本記事では、この不思議な“痛み”をめぐる物語の魅力を整理してお伝えしていきます。ぜひ最後までお付き合いください。


あらすじ

ポーランド史跡ツアーの旅へ

主人公はユダヤ系アメリカ人のデヴィッド(ジェシー・アイゼンバーグ)と、兄弟同然に育ったいとこのベンジー(キーラン・カルキン)です。かつては仲が良かった二人でしたが、いまは疎遠な状態。その二人を再び結び付けたのが、大好きだった祖母の遺言でした。

「ポーランドのホロコースト史跡ツアーに参加してほしい」という祖母の思いをきっかけに、ベンジーとデヴィッドは数年ぶりに再会。先に空港に現れたベンジーは、落ち着きがなく突飛な行動を取りがちな人物。一方、家庭を持ち安定した暮らしを送るデヴィッドは極度の心配性で、旅の前からベンジーに何度も留守電を残すほど“自制心のかたまり”のような男です。

旅の過程で見えてくるそれぞれの“痛み”

訪れたポーランドでは、ホロコースト史跡をめぐる“追悼ツアー”が淡々と進行します。地元ガイドからは歴史的事実や数値が示されるのですが、それをただ「観光」として消費する空気感に、ベンジーはある種の違和感を覚え始めます。

ツアーが進むにつれて、ベンジーの行動はますますエスカレートし、ツアー仲間からも白い目で見られる場面が増えていきます。しかし物語の中盤以降、彼の“秘密”や“カミングアウト”が明かされると、観客の視点はガラリと変わっていくのです。ただの問題児に見えたベンジーが抱えている“リアルな痛み”とは何なのか。そして、祖母が残した言葉の真意とは――。旅の終盤、二人は祖母の生家に辿り着くものの、そこで予想していたような“劇的な感動”は用意されておらず、「皮肉的に映るリアリティ」を突きつけられることになります。

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作品の魅力

ロードムービーとホロコースト映画の“融合”

ロードムービーといえば、旅を通じて登場人物たちが自分自身や人間関係を見つめ直す定番の展開ですが、本作はそこに“ユダヤ人虐殺の史跡ツアー”という非常に重厚な歴史背景が加わります。旅の最中にもブラックユーモアのような笑いが散りばめられており、「本当に笑っていいの?」と戸惑う瞬間もありますが、それが逆にホロコーストを“観光”として消費することへの違和感や矛盾を際立たせているのです。

学術的な視点でいうと、これは「ダークツーリズム(惨事の現場を巡る観光)」への批評にもつながりそうです。また、ホロコースト映画の“商業化”に対するメタ的なアプローチも感じました。実際に観ていると、ここまで踏み込んで大丈夫なのかな?とハラハラする瞬間もあります。

対照的な二人を結ぶ“再現できない痛み”

デヴィッドとベンジーは性格も境遇もまるで正反対。デヴィッドは堅実で常識的な「いい人」でありながら、心配性からくる苛立ちやコンプレックスを抱えています。一方ベンジーは騒動を巻き起こす“困ったちゃん”に見えて、実は誰も気づかない深い苦悩を隠し持っています。

作品後半でベンジーのカミングアウトがあったとき、劇中の登場人物と観客の視点がシンクロしながら、「あの不可解な行動は、こういう理由があったのか」と腑に落ちる瞬間がやってきます。ロードムービーの王道パターンといえるものの、その“理由”が痛みを通じて、ホロコースト史跡ツアーと不思議な形で結びつき、二人の微妙な関係性に奥行きを与えているのがポイントです。

“祖母のビンタ”が象徴する再現の限界

クライマックスで印象的なのは、祖母がかつてベンジーにした“ビンタ”をデヴィッドが再現しようとする場面。「あのとき祖母がこういう気持ちで叩いたんじゃないか」という意図があるものの、ベンジーの反応は冷めきったもの。昔とは状況が違うのだから、同じビンタをしても同じ意味にはならない――そんな皮肉がここに表れているようです。

これは“歴史を追体験しようとしても、結局リアルペイン(真の痛み)の本質には到達できないのでは?”というメッセージのメタファーとも受け取れます。ポーランドを巡って収容所跡を見ても、当事者が体験した苦しみを完全に共有することは不可能かもしれない。これはホロコーストだけでなく、あらゆる「他者の痛み」を語ることの難しさを象徴しているように思えます。

コメディ&シリアスの絶妙なバランス

ホロコーストを扱うとなると、どうしても重苦しくなりがちですが、本作は冒頭からベンジーの突拍子もない行動に笑わされる場面が続き、ロードムービーらしい軽快さも備えています。ところが、ひとたび歴史の暗部へ踏み込んだ瞬間、笑いはひっそりと影をひそめ、鋭いまなざしで「商業ベースの追悼」や「観光化された記憶」に問いを投げかける展開へと移行。

このアップダウンに戸惑いつつ、観客は最終的に「私たちは過去の悲劇を本当に理解できるのか?」という問いを突き付けられます。笑いとシリアスがせめぎ合う演出は簡単そうで難しく、それを成立させているアイゼンバーグ監督の手腕には目を見張るものがあります。


まとめ

『リアル・ペイン~心の旅~』は、単なる“ホロコースト映画”でも“笑えるロードムービー”でも終わらない、複雑な魅力を秘めた作品です。観ているうちはベンジーの奇行にイライラしたり、デヴィッドの気弱さにモヤモヤしたりしてしまうかもしれません。しかし物語が進むにつれて、二人のキャラクターが巧みに配置されているとわかり、自然と「自分ならどう感じるだろう?」と考えてしまうでしょう。

“悲しみや痛みは本当に再現できるのか?”という問いは、歴史の大惨事に限らず、身近な人の苦しみや社会問題にも通じるテーマかもしれません。観終わったあと、なんとも言えない余韻が残るのは、「私たちは他者の痛みを理解できるのか?」「自分が抱える痛みは“本物”なのか?」という根源的な疑問を突きつけられるからではないでしょうか。

上映期間が短かったこともあって見逃した方も多かったと思いますが、2025年4月16日からDisney+で配信がスタートしました。気になる方はぜひチェックしてみてください。ロードムービー的な高揚感もありつつ、観る者を静かに問いかける作品なので、休日にゆっくり時間をとって鑑賞すると、より深い味わいを得られるかもしれません。

  • この記事を書いた人

HAL8000

映画と猫をこよなく愛するブロガー。 多いときは年間300本以上の映画を観ていて、ジャンル問わず洋画・邦画・アニメ・ドキュメンタリーまで幅広く楽しんでいます。

専門的な批評はできませんが、ゆるっとした感想を気ままに書くスタンス。 ブリティッシュショートヘア×ミヌエットの愛猫ハルも自慢したいポイントで、レビューの合間に猫写真や日常もたまに紹介しています。

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