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【ネタバレなし】追悼ロブ・ライナー。2026年の今、あえて劇場で『スタンド・バイ・ミー』を観るべき理由

映画『スタンド・バイ・ミー』基本データ

  • 原題: Stand by Me
  • 制作年: 1986年
  • 監督: ロブ・ライナー
  • 原作: スティーヴン・キング『The Body(死体)』
  • 主要キャスト:
    • ウィル・ウィートン(ゴーディ・ラチャンス)
    • リヴァー・フェニックス(クリス・チェンバース)
    • コリー・フェルドマン(テディ・デュチャンプ)
    • ジェリー・オコンネル(ヴァーン・テシオ)
    • キーファー・サザーランド(エース・メリル) ほか
  • 上映時間: 89分
  • 今回の視聴方法: 劇場鑑賞(午前十時の映画祭)

この記事でわかること

  • 2026年の今、あえて名作『スタンド・バイ・ミー』を劇場で観るべき理由
  • 大人になって初めて気づく「ほろ苦いラスト」と「死体」の意味
  • カメラ好きの視点で紐解く、名シーンを生んだ「レンズの魔法」
  • 昨年急逝したロブ・ライナー監督への追悼と感謝

はじめに

あけましておめでとうございます。2026年が幕を開けましたね。皆さんにとって、今年はどんな一年になりそうでしょうか?

2026年の映画初め、実は新作ではありません。 正月の映画館のラインナップを眺めていても、正直「これだ!」とビビッとくる作品が見当たらない。そんな「映画迷子」になりかけていた時、ふと目に留まったのが午前十時の映画祭の『スタンド・バイ・ミー』でした。

最後に観たのは大学生の頃。あれから5〜6年。 社会人3年目になり、日々の業務に揉まれている今の私が観たら、あの少年たちはどう映るのか? そんな軽い好奇心でチケットを取りましたが、まさか新年早々、こんなに心を揺さぶられることになるとは思いませんでした。

(C)1986 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.

あらすじ

舞台は1959年の夏、オレゴン州の小さな田舎町キャッスルロック。 性格も家庭環境も異なる12歳の少年4人組――物語を語るゴーディ、リーダー格のクリス、メガネのテディ、太っちょのバーン――は、退屈な日常を持て余していました。

ある日彼らは、「街から30キロほど離れた森の中に、行方不明になった少年の死体が放置されている」という噂を耳にします。「死体を見つければ英雄になれる」。そんな単純で無鉄砲な動機から、彼らは線路づたいに死体探しの旅に出ることを決意します。それは、彼らにとって、子供時代の終わりを告げる、二度と戻らない2日間の冒険の始まりでした。

作品の魅力

「あの頃の友達」はもういない――ビターな余韻の正体

大学生の頃に観た時は、少年たちの友情や冒険のワクワク感にばかり目が行っていました。しかし今回、スクリーンで観て最も深く刺さったのは、この映画が徹底して「大人の回想」というフレームの中で語られている点です。

映画のラスト、大人になったゴーディがタイプライターで打ち込むあの一文。 「あの12歳の時のような友達は、その後二度とできることはなかった。」

この言葉の重みが、社会人になった今、痛いほど響きました。旅を通じて彼らの絆は確かに深まりましたが、映画は単なるハッピーエンドでは終わりません。クリスは後に弁護士となり、平和を仲裁しようとして命を落としたことが語られます。

かつて隣にいた親友はもういない。あの夏の輝きは、失われてしまったからこそ美しく、永遠に真空パックされているのです。この映画が、単なる冒険活劇ではなく、記憶の中で美化された『優しく滲んだ柔らかな光』を帯びた鎮魂歌であることに、改めて気付かされました。この「ほろ苦い余韻」こそが、私たちが何度でもこの作品に帰ってきてしまう理由なのかもしれません。

「死体」というマクガフィンと、父からの解放

タイトルは『スタンド・バイ・ミー(そばにいて)』ですが、原作のタイトルが『The Body(死体)』であることは有名です。 少年たちにとって「死体」は、当初「英雄になるための道具」であり、好奇心の対象でした。私たちも子供の頃、怖いもの見たさで危険な場所に近づいた経験があるのではないでしょうか。

しかし、実際に彼らが森の奥で「死体」と対面した時、そこに高揚感はありませんでした。彼らはただ言葉を失い、青ざめ、沈黙します。それは、彼らが「死」という絶対的な現実を突きつけられ、自分たちの幼児的な全能感が打ち砕かれた瞬間でした。

彼らは最終的に、死体をマスコミに通報せず、匿名で場所を知らせるだけに留めます。これは、彼らが「英雄」になることを諦めたのではなく、死者の尊厳を守るという「倫理観」を獲得した証だと思うのです。

また、この旅は彼らにとって「父親(家)からの解放」でもありました。優秀な兄と比較され無視されるゴーディ、アルコール依存症の父を持つクリス、精神を病んだ父に虐待されるテディ。 線路の上だけが、彼らが親の呪縛から逃れ、互いの弱さをさらけ出せる唯一の場所でした。特に、不良のエースに銃を向けるのがゴーディである点は重要です。あの一瞬、彼は守られるだけの存在から、自らの手で運命を切り開く「当事者」へと成長したのだと感じました。

カメラ好きとして唸った「レンズの魔法」

実はここ数ヶ月、カメラ沼(Canon党です)にどっぷりハマっているのですが、その視点で観直すと、この映画は「レンズ選びの教科書」でもありました。

特に冒頭、広角レンズで撮られたオレゴンの広大な森と、その真ん中を歩くちっぽけな4人の対比。 「世界はこんなにも広いのに、僕たちはまだ何者でもない」 そんな彼らの焦燥感や孤独が、セリフではなく構図だけで痛いほど伝わってくるんです。カメラを始めたからこそ気づけた、ロブ・ライナー監督の「無言の演出」に鳥肌が立ちました。

一方で、映画史に残るあの「列車に追われるシーン」。 ここには明確に望遠レンズの「圧縮効果」が使われています。実際には列車と少年たちの間には距離があったはずですが、望遠レンズで背景を引き寄せることで、列車がすぐ背後に迫っているような強烈な圧迫感と恐怖を生み出しています。

「記憶の中の景色」を再現するかのような、マジックアワーの使い方といい、撮影監督トーマス・デル・ルースの仕事ぶりには、カメラ好きとして唸らざるを得ませんでした。名作は、映像技術の面でもやはり「名作」なのです。

ロブ・ライナー監督への追悼を込めて

そして最後に、どうしても触れておかなければならないことがあります。 本作の監督であり、『恋人たちの予感』や『ミザリー』、『ア・フュー・グッドメン』など、ジャンルを超えて数々の傑作を世に送り出したロブ・ライナー氏

昨年、2025年12月に彼が遺体で発見されたというニュースは、私たち映画ファンにとってあまりに大きな悲しみでした。彼の新作をもう二度と観ることができないという事実は、今も受け入れがたい喪失感として胸に残っています。

しかし、映画はタイムカプセルです。こうして2026年の正月にスクリーンで『スタンド・バイ・ミー』を観ることで、彼の情熱や、彼がフィルムに焼き付けた「魂」に触れることができました。 彼がいなくなっても、この作品の中で少年たちは永遠に線路を歩き続け、私たちの心に寄り添い続けてくれます。素晴らしい作品を遺してくれたことに、心からの感謝を捧げたいと思います。

まとめ

2026年の映画始めに『スタンド・バイ・ミー』を選んだことは、大正解でした。 子供の頃の冒険心、失ってしまった友人への想い、そして社会人として日々を生きる中でのふとした孤独。今の自分だからこそ共感できる感情が、あのベン・E・キングの名曲と共に溢れ出してきました。

本作は、観るたびに「今の自分」を映し出す鏡のような映画です。 もし、しばらくこの映画から遠ざかっている方がいれば、ぜひ久しぶりに観返してみてください。きっと、あの頃とは違う、新しい発見と感動があなたを待っているはずです。

あなたの「映画始め」は何でしたか? また、『スタンド・バイ・ミー』の中で一番好きなシーンはどこですか? ぜひコメント欄で教えてください!(私はやっぱり、パイ食い競争の話をする時のゴーディの生き生きとした表情が好きです)

  • IMDb『スタンド・バイ・ミー』
    キャストやスタッフの詳しい情報、ユーザーからの評価やレビューなどが充実しています。英語サイトですが、作品の撮影秘話やTrivia(トリビア)も多く、さらに深く知りたい方にはおすすめです。
  • この記事を書いた人

HAL8000

映画と猫をこよなく愛するブロガー。 多いときは年間300本以上の映画を観ていて、ジャンル問わず洋画・邦画・アニメ・ドキュメンタリーまで幅広く楽しんでいます。

専門的な批評はできませんが、ゆるっとした感想を気ままに書くスタンス。 ブリティッシュショートヘア×ミヌエットの愛猫ハルも自慢したいポイントで、レビューの合間に猫写真や日常もたまに紹介しています。

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