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【ネタバレなし】『ライフ・イズ・ビューティフル』は過大評価?手放しで絶賛できない理由を正直に考察

映画『ライフ・イズ・ビューティフル』基本データ

  • 原題: La vita è bella
  • 監督・脚本: ロベルト・ベニーニ
  • 主要キャスト:
    • ロベルト・ベニーニ(グイド)
    • ニコレッタ・ブラスキ(ドーラ)
    • ジョルジオ・カンタリーニ(ジョズエ) ほか
  • 公開年: 1997年(イタリア)、1999年(日本)
  • 上映時間: 117分
  • 主な受賞歴:
    • 第71回アカデミー賞:主演男優賞、外国語映画賞、作曲賞
    • 第51回カンヌ国際映画祭:グランプリ
  • 視聴方法:

この記事でわかること

  • なぜ今、25年以上前の映画『ライフ・イズ・ビューティフル』を再鑑賞したのか
  • 多くの人が絶賛する一方で、私が「少し過大評価かも」と感じてしまう正直な理由
  • 本作の映像表現が、他のホロコースト映画とどう違うのか
  • コメディと悲劇の融合に対する戸惑いを解消する「寓話」という見方
  • 何度観ても心を打たれる、巧みな脚本構成と感動的なラストシーンの魅力

はじめに

こんにちは。当ブログ『ねことシネマ』へようこそ。

今回は、ロベルト・ベニーニ監督が手掛けた1997年の不朽の名作『ライフ・イズ・ビューティフル』について、改めて考えてみたいと思います。映画好きの方はもちろん、そうでない方でも、一度はそのタイトルを耳にしたことがあるのではないでしょうか。

なぜ今この作品なのかというと、劇場でリバイバル上映されているのを偶然見つけたからです。世間はお盆休みの真っ只中ですが、残念ながら私はカレンダー通りに出勤。仕事終わりに何か気晴らしになる映画はないかと探していたのですが、今週公開の新作にはピンとくるものがありませんでした。

そんな時、ふと本作の再上映を知り、「これは良い機会だ」と急遽劇場へと足を運んだのです。

正直なところ、この作品は『ショーシャンクの空に』や『ダークナイト』と並んで、おすすめ映画のまとめサイトで必ず名前が挙がる「鉄板」のような存在です。私も映画にハマり始めた大学生の頃に鑑賞し、「確かにいい映画だ」と感じた記憶があります。しかし、様々な作品に触れるうちに、心のどこかで「少し過大評価されているのではないか?」という気持ちが芽生えてきたのも事実でした。

だから今回の再鑑賞は、昔の自分に「まだそう思う?」と問いかけるような、ちょっとした〝答え合わせ〟のつもりでした。世間で〝名作〟と呼ばれるこの映画と、あらためてスクリーンで向き合う。なんだか少し、緊張と期待が入り混じった気持ちでしたね。

あらすじ

※以下、物語の結末には触れませんが、内容に関する記述が含まれます。

1939年、イタリアのトスカーナ地方へやってきたユダヤ系イタリア人の陽気な男性グイドは、美しい小学校教師ドーラと運命的な出会いを果たします。いつも陽気で機転の利くグイドにドーラも心を奪われ、やがて二人は結婚。息子のジョズエも生まれ、家族は幸せな日々を送っていました。

しかし、第二次世界大戦の影が色濃くなる中、彼らが暮らす町にもユダヤ人迫害の魔の手が迫ります。グイドとジョズエが強制収容所に連行され、ユダヤ人ではないドーラもまた、家族を追って自ら収容所行きの列車に乗り込みます。グイドは幼い息子にこの悲惨な現実を悟られないよう、「これは壮大なゲームなんだ。1000点先取した人が勝ちで、賞品は本物の戦車だ」と嘘をつき続け、ひたすら陽気に振る舞うのでした。

作品の魅力

万人受けする「良い映画」でも、手放しで絶賛できない理由

鑑賞を終えての正直な感想は、「やっぱり良い映画。でも、心の底から〝傑作だ!〟と叫べるかというと…うーん、少し違うかも」。大学生の頃に感じた〝少し過大評価かも?〟という印象は、残念ながら今回も変わりませんでした。

では、なぜそう感じてしまうのか。今回、改めてじっくり考えてみることで、自分なりの答えが見えてきたように思います。

理由①:映像的な魅力への物足りなさ

映画は映像メディアである以上、私はどうしても映像表現そのものに心を掴まれる要素を求めてしまいます。しかし、本作の映像は、良くも悪くもクラシカルで安定感のあるドラマツルギーに徹しており、個人的に映像的な発見や驚きを感じることはできませんでした。

例えば、同じくホロコーストを扱った映画で私が最も心を揺さぶられたスティーヴン・スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』。ヤヌス・カミンスキーによるダイナミックなモノクロ映像は、まるで自分がその場にいるかのような没入感と、肌で感じるほどの恐怖を伝えてきます。あるいは、より実験的なアプローチとしては、2015年の映画『サウルの息子』が挙げられます。常に主人公の背中に密着した息苦しい主観ショットは、収容所の混沌とサウル自身の心の閉塞感を観客に追体験させる、映像ならではの力強い表現でした。

もちろん、本作のジャンルが「コメディ」であり、悲劇の中にも希望を描こうとしている以上、先の2作のようなリアリズムや息苦しい主観視点はそぐわないでしょう。その意味で、この安定した映像スタイルは作品の雰囲気に合っているのだと理解はできます。だからこそ、映像面で少し物足りなさを感じつつも、それは仕方のないことなのかもしれない、という複雑な気持ちが残りました。

理由②:「ホロコースト映画」としての戸惑いと「寓話」という答え

本作を観る上で多くの人が戸惑うのが、そのジャンルではないでしょうか。まぎれもなくホロコーストを扱っているのに、映画の大部分は「コメディ」として進行します。

初めて観た時、冒頭から繰り広げられるグイドのマシンガントークや、チャップリン喜劇のような振る舞いに、少し面食らったことを覚えています。物語が強制収容所へと移っても、彼のスタンスは変わりません。目を背けたくなるような残酷な描写は意図的に避けられ、あくまで「ゲーム」という体裁が貫かれます。

この点が、私がこの作品を心から好きになれなかった最大の理由なのだと、今回気づきました。ホロコーストの悲劇を想像して観始めると、コメディタッチの展開に戸惑い、父親の愛の物語として観ていると、その背景にあるあまりにも残酷な現実に引き戻される。どこに軸を置いて観ればよいのか、分からなくなってしまったのです。

しかし、鑑賞後に本作について改めて考えてみると、この混乱を解く鍵は映画の冒頭ですでに示されていました。物語は、こんなナレーションから始まります。


「これは素朴な物語。だが、語るのは容易ではない。寓話のように悲しみがあり、寓話のように驚きと幸福に満ちている」

そう、作り手は冒頭で、この映画が「寓話(fable)」として構築されていることを明確に宣言しているのです。この視点を得て初めて、私は本作の本当の姿を理解できた気がします。つまりこの映画は、ホロコーストの現実をリアルに描くドキュメンタリーというより、極限の状況を舞台にして「人間の想像力や父の愛は、どれだけ魂を強く保てるか」を描いた〝寓話〟なんですね。その視点に立った時、ずっと感じていた違和感の正体が腑に落ちました。本作の主題はホロコーストの告発ではなく、あくまでグイドという一人の人間の「精神的な抵抗の戦い」を描くことにありました。

それでも色褪せない、脚本の巧みさと伏線回収

ここまで少し批判的な視点で語ってきましたが、本作の脚本が非常に巧みであることは間違いありません。特に、陽光に満ちた映画前半で描かれた何気ないやりとりや思い出が、後半の収容所という闇の中で、全く異なる悲劇的な文脈を帯びて再利用される構成には、改めて舌を巻きました。

例えば、グイドが愛するドーラにかける「おはよう、お姫様(ボンジョルノ、プリンチペッサ)」という言葉。前半で二人の運命的な出会いを彩ったこのセリフが、離れ離れになった収容所の中で、生存を知らせるため拡声器を通して彼女に届けられるシーン。あるいは、二人の思い出であるオペラ音楽が、絶望的な夜に響き渡るシーン。

前半で築かれた幸福な世界の記憶が、後半の過酷な現実をより一層際立たせる。この構造は、単なる「以前」と「以後」の対比ではなく、観客の感情を最大化するための壮大な伏線として機能しています。この脚本の見事さこそが、本作を色褪せない名作たらしめている最大の要因でしょう。

想像力という武器:父グイドの「ゲーム」が持つ本当の意味

あの「ゲーム」は、ただ息子を安心させるための嘘、というだけじゃないんです。心理学には「ナラティブ・セラピー」という考え方があるのですが、まさにそれ。あまりに怖くて理解できない出来事に、例えば「これはゲームで、ルールがあって、ゴールがある」という別の〝意味の筋道〟をつけてあげる。そうすることで、息子の心が壊れてしまわないように守っていた、父親の知恵であり、愛だったんだと思います。

グイドのユーモアは、絶望的な状況下でコントロール感覚を維持するための武器であり、非人間的な収容所の論理に抵抗するための唯一の手段でした。この物語の「ありえなさ」こそが、人間の想像力が持つ力の偉大さを証明しているのかもしれません。

まとめ

『ライフ・イズ・ビューティフル』は、観た人が「ハズレだった」と感じることは極めて少ない、普遍的な感動を与えてくれる作品です。だからこそ、あらゆる「おすすめ映画まとめ」で必ず名前が挙がるのでしょう。

その一方で、国内外の映画雑誌や著名な監督が選ぶ「オールタイムベスト」のような企画で、本作が選出されることはあまりありません。それはおそらく、本作が万人受けする寓話であるがゆえに、どこか突出した鋭さに欠け、良くも悪くも無難にまとまっているからではないかと、私は感じています。

とはいえ、今回の再鑑賞は、自分がなぜこの作品に対して少し複雑な感情を抱くのかを改めて深く考え、そして「寓話」という答えを得る、非常に有意義な機会となりました。

皆さんも、もし昔観たきりになっているのであれば、この機会に再鑑賞してみてはいかがでしょうか。きっと新たな発見があるはずです。週末は、この映画で家族の愛について思いを馳せる時間を過ごすのも素敵かもしれませんね。

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。あなたはこの映画のどんなところが好きですか?ぜひコメントで教えてください!

  • IMDb『ライフ・イズ・ビューティフル』
    キャストやスタッフの詳しい情報、ユーザーからの評価やレビューなどが充実しています。英語サイトですが、作品の撮影秘話やTrivia(トリビア)も多く、さらに深く知りたい方にはおすすめです。

  • この記事を書いた人

HAL8000

映画と猫をこよなく愛するブロガー。 多いときは年間300本以上の映画を観ていて、ジャンル問わず洋画・邦画・アニメ・ドキュメンタリーまで幅広く楽しんでいます。

専門的な批評はできませんが、ゆるっとした感想を気ままに書くスタンス。 ブリティッシュショートヘア×ミヌエットの愛猫ハルも自慢したいポイントで、レビューの合間に猫写真や日常もたまに紹介しています。

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