映画『愛はステロイド』基本データ
- 原題: Love Lies Bleeding
- 監督: ローズ・グラス
- 主要キャスト:
- クリステン・スチュワート(ルー)
- ケイティ・オブライアン(ジャッキー)
- エド・ハリス(ルー・シニア)
- ジェナ・マローン(ベス)
- デイヴ・フランコ(JJ) ほか
- 公開年: 2024年(米国)、2025年8月29日(日本)
- 上映時間: 104分
- 視聴方法(2025年8月現在):
- 全国の劇場で公開中
この記事でわかること
- 筆者が本作を「A24だから」観に行き、傑作だと感じた理由
- 物語の核心にある、登場人物全員を突き動かす「歪んだ愛」の形
- 秀逸な邦題『愛はステロイド』に込められた、愛の猛毒性に関する見事なメタファー
- ネオ・ノワールやボディホラーが融合した、本作のジャンル横断的な魅力
- 物議を醸す衝撃的なクライマックスに込められた、複数の解釈の可能性
はじめに
こんにちは。当ブログ『ねことシネマ』へようこそ。 今回は、ローズ・グラス監督の最新作『愛はステロイド』について語りたいと思います。
正直なところ、公開される直前までこの映画の存在を全く知りませんでした。しかし、たまたま映画館で予告編を観て、そのネオンに照らされた独特の映像と不穏な空気に、一瞬で心を鷲掴みにされてしまったのです。

そして鑑賞の決め手となったのが、本作の配給会社が「A24」であることでした。映画好きの間では「A24作品にハズレなし」と言われるほど、常にエッジの効いた質の高い作品を世に送り出してくれるスタジオです。その信頼感から「きっとこれはただならぬ映画に違いない」と期待を胸に劇場へと向かいました。
さらに、この『愛はステロイド』という邦題。なんて秀逸なタイトルだろうと、観る前から感心してしまいました。原題は “Love Lies Bleeding” で「愛は血を流す」といった意味合いですが、鑑賞し終えた今、この邦題こそが物語の本質を見事に言い当てていると、そのセンスに改めて脱帽しています。
観終わった後の正直な感想は、「とんでもないものを観てしまった…面白い!」。この一言です。 今回は、この強烈すぎる愛の物語が、なぜ私の心をここまで揺さぶったのか、その理由をネタバレなしで熱く語らせてください。
あらすじ
※大きなネタバレはありませんが、物語の導入に触れています。
1989年、アメリカ南部の田舎町。トレーニングジムで働く孤独な女性ルー(クリステン・スチュワート)は、ボディビルの大会で優勝するという夢を叶えるためラスベガスへ向かう途中の野心的なビルダー、ジャッキー(ケイティ・オブライアン)と運命的な出会いを果たし、瞬く間に恋に落ちます。
しかし、ルーの家族は複雑な問題を抱えていました。町の裏社会を牛耳り、長年疎遠になっている父親(エド・ハリス)。そして、夫(デイヴ・フランコ)からDVを受けている姉(ジェナ・マローン)。愛するルーが家族のことで苦しむ姿を見たジャッキーは、彼女を救いたい一心である行動を起こします。その一つの選択が引き金となり、二人の純粋な愛は、思いもよらない暴力と犯罪の連鎖へと引きずり込まれていくのでした。
作品の魅力
ここからは、本作のどこにそれほど惹きつけられたのか、具体的なポイントを挙げていきたいと思います。
全ての登場人物を突き動かす、歪んだ「愛」の形
この映画、一体何についての物語だったんだろう?と考えたとき、答えは驚くほどシンプルでした。それは、徹頭徹尾「愛」。 ありきたりなテーマに聞こえるかもしれませんが、本作が巧みなのはその描き方。純愛、狂気、執着…あらゆる愛の側面を、まるでメスでえぐり出すかのように見せてきます。
物語の主軸は、もちろんルーとジャッキーの恋愛です。しかし、彼女たちを取り巻く登場人物もまた、それぞれの「愛」に突き動かされています。
- ジャッキー: 彼女が危険な世界に足を踏み入れるきっかけは、紛れもなくルーへの愛情からでした。
- ルーの姉・ベス: 夫から日常的に暴力を受けていながら、その関係から抜け出せない。それは恐怖心からだけでなく、夫からの暴力さえも歪んだ愛の形として受け入れ、その共依存の関係性ごと愛してしまっているようにも見えます。
- ルーの父親: 闇社会に生きる冷酷な男ですが、勘当した娘のルーに対して、愛情を完全には捨てきれていないことが端々から窺えます。

本作に登場する愛は、決して健全なものばかりではありません。「恋は盲目」とはよく言ったもので、純粋な愛、歪んだ愛、執着に近い愛…その形は様々ですが、ひとたび愛という感情に囚われた人間が、いかに常軌を逸した恐ろしい行動に駆られてしまうのか。その人間の業のようなものを、104分という時間の中で鮮やかに描き切った手腕に、ただただ圧倒されました。
愛の猛毒:ステロイドとタバコに込められたメタファー
そして、本作の核心を突いているのが、邦題にもなっている「ステロイド」というモチーフです。
劇中、大会での優勝を目指すジャッキーに、ルーはステロイドの使用を勧めます。一方で、ルー自身は常にタバコを手放さないヘビースモーカーとして描かれています。このステロイドとタバコには、ある共通点があります。それは、「一時的な快楽や目的達成の手段でありながら、長期的には身体を蝕む“毒”になる」という点です。
そう、この映画では「愛=ステロイド」なんです。 私たちをどこまでも強く、無敵にさせてくれる最高のドーピング剤。でも、その副作用はあまりにも大きい…。この巧みな比喩こそ、『愛はステロイド』という邦題がいかに的確で恐ろしいかを物語っています。愛は、人生最高の報酬にもなれば、最も強力な猛毒にもなり得るのです。
愛、ステロイド、タバコ。この三つの要素が、映画的な表現として見事に結びついていることに気づいた時、私は思わず膝を打ちました。
80年代アメリカへの批評とジャンルの“ごった煮”
本作について少し調べてみると、さらに興味深い側面が見えてきます。舞台となっている1989年という時代設定は、レーガン政権が終わり、アメリカン・ドリームの夢が崩れ始めた、どこか虚無感が漂う時代でした。英国人であるローズ・グラス監督は、一歩引いた視点から、その時代の暴力性や過剰な男性性(ハイパーマスキュリニティ)を批評的に描いているようです。
また、本作は単一のジャンルでは到底括れません。世捨て人の主人公が危険な女と出会い犯罪に巻き込まれていく「ネオ・ノワール」。筋肉が異様に発達していく様を描く「ボディホラー」。不条理で血生臭い「ブラック・コメディ」。これらが渾然一体となった“ごった煮”感こそ、いかにもA24作品らしい魅力と言えるでしょう。
様々な作品との共鳴:クローネンバーグから「サフィック・レイジ」まで
ボディホラーという側面では、やはり巨匠デヴィッド・クローネンバーグ監督の作品群や、今年大きな話題を呼んだコラリー・ファルジャ監督の『サブスタンス』を連想せずにはいられません。(※『サブスタンス』に関する過去記事はこちら)
さらに本作は、批評の世界で『テルマ&ルイーズ』や『バウンド』といった金字塔的作品の系譜に連なるものとして語られています。 特に近年注目される「サフィック・レイジ」(クィアな女性の怒りと欲望を過激に描く作風)という新たな潮流の、まさに代表格と言える一作。ただの恋愛映画ではない、この剥き出しのエネルギーの正体は、ここにあるのかもしれませんね。(参考)
物議を醸すクライマックスの解釈
そして物語の終盤、賛否が真っ二つに分かれるであろう、衝撃的なシーンが待ち受けています。このシーンが何を意味するのかは、ぜひ劇場で目撃し、ご自身の解釈を見つけていただきたいのですが、私個人としては、同じくA24が配給した映画『(終わりの鳥)』のとある場面が脳裏をよぎりました。(※『(終わりの鳥)』に関する過去記事はこちら)
このあまりに幻想的なクライマックスは、いくつかの解釈ができるようです。ある分析では「愛の力がもたらす高揚感を視覚化したメタファー」とされ、またある分析では「ステロイドが見せる幻覚」、あるいは「抑圧からの解放を願うクィア的なファンタジー」とも言われています。どれが正解ということではなく、これほどまでに多様な解釈を許す懐の深さこそが、本作を忘れがたい一本にしているのだと感じました。
まとめ
映画『愛はステロイド』は、愛という普遍的なテーマを、極めて暴力的で、過激で、そしてどこか滑稽な筆致で描いた傑作でした。
物語の終わり方は、まさに「愛」という名の猛毒を摂取し続けた二人が行き着く先を、映画でしかできない視覚表現で見事に描き切っており、私は非常に美しい締めくくりだと感じました。一見すると物語がとんでもない方向へ飛躍していくように感じるかもしれませんが、登場人物たちの多様で歪な愛の形に注目して観ると、映画全体が驚くほど綺麗に一本の線で繋がっていることに気づくはずです。
ちなみに、映画レビューサイト「Rotten Tomatoes」では批評家スコア94%という驚異的な数字を叩き出しており(2025年8月時点)、その高い評価にも心から納得しました。
本作を手掛けたローズ・グラス監督は、これが長編2作目というから驚きです。デビュー作の『セイント・モード/狂信』も非常に評価が高いようなので、こちらもぜひ観てみたいと思います。
シンプルなラブストーリーとしても、複雑な人間ドラマとしても、そして過激なバイオレンス映画としても楽しめる、非常に懐の深い一作です。ぜひスクリーンで、この強烈な愛の物語を体験してみてください。きっとあなたの心にも、忘れられない傷跡を残してくれるはずです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。 もしよろしければ、「あなたはこの映画のどんなところが好きですか?」ぜひコメントで教えてください!
- IMDb『愛はステロイド』
キャストやスタッフの詳しい情報、ユーザーからの評価やレビューなどが充実しています。英語サイトですが、作品の撮影秘話やTrivia(トリビア)も多く、さらに深く知りたい方にはおすすめです。