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暴力を言葉で乗り越える——北アイルランドの小学生が挑む『哲学教育』とは?映画『ぼくたちの哲学教室』レビュー

映画『ぼくたちの哲学教室』基本データ

  • タイトル:『ぼくたちの哲学教室』
  • 原題Young Plato
  • 公開年:2021年(※日本公開は2023年)
  • 監督:ナーサ・ニ・キアナン、デクラン・マッグラ
  • 出演(登場人物)
    • ケビン・マカリービー(校長先生)
    • ホーリークロス男子小学校の生徒・教師・保護者たち
  • 上映時間:102分
  • 主な受賞・映画祭出品
    • 第49回⽇本賞(NHK)の⼀般向け部⾨で「最優秀賞(東京都知事賞)」
    • 第18回アイリッシュ映画&テレビアカデミー賞で「最優秀⻑編ドキュメンタリー賞」 など
  • 視聴方法:各種配信プラットフォームなどで配信中

この記事でわかること

  • 校長先生の“叱る”のではなく“対話する”アプローチ
  • “哲学の授業”が道徳授業と違う理由
  • “アンガーマネジメント”のヒントが盛りだくさん
  • 保護者も巻き込む“大人への講演”の意義
  • コロナ禍で奪われた“対面での議論”の価値
  • 『ベルファスト』や『福田村事件』との比較で見える社会の分断
  • 猫(はる)で実感する“非言語コミュニケーション”の大切さ

はじめに

こんにちは。当ブログ「ねことシネマ」にお越しいただきありがとうございます。突然ですが、みなさんは「哲学」と聞いてどんなイメージを持ちますか? 難解な理論や古典文学を思い浮かべる方も多いかもしれません。でも実は、子どもたちが“ソクラテス式”の問いかけを通して暴力や怒りをコントロールするユニークな教育が、北アイルランドの小学校で実践されているんです。

今回ご紹介するドキュメンタリー映画『ぼくたちの哲学教室』(原題:Young Plato)は、宗派対立の歴史が色濃く残るベルファストの地で、校長先生が「対話と哲学」を武器に子どもたちの心を育てようとするお話。紛争の名残という重たい背景があるからこそ、彼らの取り組みがより印象深く映ります。

(C)Soilsiú Films, Aisling Productions, Clin d'oeil films, Zadig Productions,MMXXI

作品の概要

本作は、カトリック系ホーリークロス男子小学校に密着した観察ドキュメンタリー。ナレーションをほとんど使わないことで、教室のすみから“こっそり見守る”ような視点が体感できる作品です。
主人公ともいえる校長・ケヴィン・マカリーヴィ氏は、授業にソクラテス式の問答を取り入れ、「なぜ暴力はいけないの?」「怒りをどうコントロールする?」といった問いを子ども自身に考えさせます。歴史的・宗教的に多くの苦しみを抱えてきた土地だからこそ、「暴力に走る前に対話する」大切さをより強く訴えたいのかもしれません。

ポイント:

  • 観察ドキュメンタリー形式で、ナレーションなし
  • “教師が知識を与える”のではなく、“子どもが自分で考え、言葉を使う”プロセスを大切にしている

“叱る”のではなく“対話する”校長

作中で特に印象的なのが、校長が生徒を頭ごなしに叱らない姿勢です。子ども同士のケンカが起きてもまずは「どうしてそう思った?」と問いかけ、本人の気持ちを聞き出す。そして「じゃあ、どう解決したらいいと思う?」と、問題解決の糸口を子ども自身に考えさせるんです。

日本の学校だと、教師が一方的に叱りつけたり仲裁したりする場面をイメージしがちですが、この小学校ではあくまでも“子ども自身が答えを導く”流れを重視。時間も手間もかかりますが、根本から納得させ、暴力を抑えるより前向きな解決方法だと感じました。

“哲学の授業”は道徳っぽいけれど違う

この学校で行われている“哲学の授業”は、一見すると日本の道徳の時間のようにも見えます。でもよく見ると大きく違う点がありました。
道徳の授業: 「これが正しい行動だよ」と教師がまとめて終わりになりがち
本作の哲学授業: テーマ自体よりも“議論するプロセス”が大事

たとえば「タイムトラベルは実現できるか?」なんて突拍子もない話題でも、子どもが真剣に考えて発言し合います。正解や結論を求めるより、論理的に思考し、相手と意見を交わす体験を積み上げるのが目的のようです。

(C)Soilsiú Films, Aisling Productions, Clin d'oeil films, Zadig Productions,MMXXI

授業から垣間見る“アンガーマネジメント”

難しそうな「哲学」と聞くと尻込みしてしまいそうですが、実際には子どもたちの日常に直結した“怒りのコントロール”などのテーマが目立ちます。
「どうしてイライラしたんだろう」「もし暴力を振るったらどんな結果になる?」といった問いかけを通じて、自分の感情を言葉で整理しようとする姿が印象的でした。「大人顔負け」の議論をする子もいて、素直に感心してしまいます。

保護者も巻き込む“大人への講演”

校長は、保護者を集めた講演会も開き、同じように対話を重視する姿勢を示します。「子どもたちだけが変わっても意味がない」という考えの表れかもしれません。家庭や地域も同じ価値観を共有してこそ、学校での学びが本当に生きるからです。

映画の中では、保護者が哲学対話を体験することで子どもへの接し方が変わるかもしれない——そんな雰囲気が伝わってきます。成果がどの程度出ているかは限定的にしか描かれませんが、少なくとも“大人も一緒に学ぶ”姿勢が興味深いポイントです。

“対面での議論”を奪われた瞬間

物語の後半では、コロナ禍で学校が一時閉鎖されるシーンが登場。一気に議論の場が奪われ、子どもたちが言葉を交わす機会を失ってしまいます。
オンラインでのやりとりは可能ですが、この映画で強調される「顔を合わせ、相手を尊重しながら話し合う」ことの価値を考えると、やはり残念な空気が漂います。コロナ禍における教育の難しさが、リアルに突きつけられるシーンでした。

(C)Soilsiú Films, Aisling Productions, Clin d'oeil films, Zadig Productions,MMXXI

他作品との比較:『ベルファスト』や『福田村事件』

同じく北アイルランドの宗派対立を背景にしたケネス・ブラナー監督の『ベルファスト』を思い出す方もいるでしょう。あちらは監督自身の少年時代をモチーフに、宗派紛争が生じる街を背景にしながら家族と日常を淡く描いた物語ですが、『ぼくたちの哲学教室』とはまた違った角度で「社会の分断」を映し出している点が興味深いです。
日本を舞台にした2023年公開の『福田村事件』のように、偏見や誤解が悲劇につながることはどの時代、どの国でも起こり得ます。だからこそ、本作で描かれる「言葉を使い、対話を重ねるアプローチ」の意義を、観る側としても考えさせられます。

猫(はる)が教えてくれた“非言語”と“尊重”の話

ところで、わが家の猫「はる」を見ていると、いつも「言葉ではなく雰囲気」でコミュニケーションを図っていると感じます。猫が舌をペロッと出したり、しっぽをピンと立てたりする仕草には、しっかりと意味があるんですよね。
実は人間同士でも、相手の表情や仕草を見て「尊重する姿勢」を持つことはとても大切。本作がひたすら“対話”を通じて子どもを育てる姿を映しているのも、言葉以前に「相手を理解し、尊重する」土台が必要だからではないでしょうか。言葉で伝える部分と、言葉を超えた部分の両面が合わさって、初めて本当のコミュニケーションが成立する——そんなことを改めて考えさせられました。

「顔をうずめてスヤスヤ…“言葉より仕草”でコミュニケーションを教えてくれる、ハルのおやすみ姿です。」

まとめ

『ぼくたちの哲学教室』は、北アイルランド・ベルファストの小学校で校長先生が実践する“問いかけによる教育”を捉えたドキュメンタリーです。

  • 子どもを頭ごなしに叱らず、対話で問題解決を促す
  • テーマの答えよりも“議論するプロセス”を重視
  • 保護者を巻き込み、地域全体で価値観を共有しようとする試み

大人の私たちが見ても、「ああ、こういうアプローチもあるんだ」「暴力や偏見を超える方法として“言葉”をもっと使えるんじゃないか」と新鮮な気づきをもらえます。対立をなくす魔法のような解決法はないけれど、地道に言葉を重ねることで次の世代が育つ可能性を感じました。

外部リンク

  • IMDb『Young Plato
    キャストやスタッフの詳しい情報、ユーザーからの評価やレビューなどが充実しています。英語サイトですが、作品の撮影秘話やTrivia(トリビア)も多く、さらに深く知りたい方にはおすすめです。
  • この記事を書いた人

HAL8000

映画と猫をこよなく愛するブロガー。 多いときは年間300本以上の映画を観ていて、ジャンル問わず洋画・邦画・アニメ・ドキュメンタリーまで幅広く楽しんでいます。 専門的な批評はできませんが、ゆるっとした感想を気ままに書くスタンス。 ブリティッシュショートヘア×ミヌエットの愛猫ハルも自慢したいポイントで、レビューの合間に猫写真や日常もたまに紹介しています。 当ブログ「ねことシネマ」で、映画好き&猫好きの皆さんに楽しんでいただけると嬉しいです。ぜひお気軽にコメントやリクエストをどうぞ!

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