映画『おんどりの鳴く前に』基本データ
- タイトル:『おんどりの鳴く前に』
(原題:Oameni de treabă/英題:Men of Deeds) - 公開年:2022年(ルーマニア)、2025年(日本公開)
- 監督:パウル・ネゴエスク
- 主演:
- イリエ役:ユリアン・ポステルニク
- ヴァリ役:アンゲル・ダミアン
- 上映時間:106分
- 主な受賞・映画祭出品:
- ルーマニアのアカデミー賞にあたるGOPO賞で作品賞・監督賞・主演男優賞など6冠に輝いた
- 視聴方法:一部劇場で公開中(配信予定は未定)
この記事でわかること
- 聖書の逸話「ペテロの鶏」と映画の深い関係
- 田舎ののどかな風景×じわじわ忍び寄る不穏さが生む緊張感
- 主人公イリエの葛藤に見る“保身と正義”のテーマ
- 予想外の展開を見せる終盤とブラックユーモア
はじめに
こんにちは。今回はルーマニア映画『おんどりの鳴く前に』を観てきましたので、その感想や見どころをまとめたいと思います。実はこの日、午前中に『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』を鑑賞して、同じ劇場で午後に本作が上映されると知り、「せっかくならもう1本観ちゃおう!」という軽いノリで足を運んだのが始まりでした。
観終わってみると、事前のイメージよりずっと奥行きのある作品で、特に「田舎ののどかな風景」と「じわじわ漂う不穏さ」が対照的に描かれているのが印象的。ネタバレしない範囲で、私が感じた魅力やテーマなどをお伝えできればと思います。

あらすじ
ルーマニア北東部ののどかなモルドバ地方にある小さな集落は、外から見ると平和で静寂に包まれた別世界のよう。しかし、中年の警察官イリエは、そこでくすぶる日常と自分の将来への諦念に押しつぶされそうになりながら、いつか果樹園を開いて第二の人生を始めたいと密かに夢見ていました。そんな中、村で突如として起きた残忍な殺人事件が彼の前に立ちはだかります。斧を使った悲惨な犯行が発覚すると同時に、イリエは捜査を進めるうちに村人たちの胸の奥に潜む暗い感情を知っていくことに。自然豊かな土地の美しさとは裏腹に、人々の心の闇が次第に明らかになり、やがて予想を越えた真実が姿を現します。
タイトル『おんどりの鳴く前に』に秘められた意味
本作の邦題「おんどりの鳴く前に」は、実は聖書の逸話を踏まえています。キリストの弟子ペテロが、自分の身を守るためにイエスを三度否認し、まさにその直後に鶏(雄鶏)が鳴いたという有名な場面から来ているのです。この逸話では、鶏の鳴き声が「罪への警告の象徴」として語られ、教会の装飾や風見鶏などにも反映されてきた歴史があります。
映画との関連で言えば、自分の保身を優先するあまり、本来“正しくあるべきこと”を実行できない――そういう主人公イリエの葛藤を、この「おんどり」が暗示しているとも受け取れます。ルーマニア語の原題は「Oameni de treaba」とのことですが、日本でのタイトルが聖書のモチーフを採用したのは、作中のテーマを端的に示すためかもしれません。

スローテンポから一転、にじみ出す不安感
田舎ののどかな風景
序盤は、穏やかな村がスクリーンいっぱいに映し出され、そこには牧歌的な雰囲気が漂います。主人公イリエも、どことなくボヤッとした佇まいで、警官としての威厳は感じられません。
このゆったりとした空気は、好きな人にとっては味わい深い反面、ちょっと眠くなりそうなテンポかもしれません。私自身、前半は「これ、どんな展開が待っているんだろう?」とやや不安になるほど静かでした。しかし、その“ゆるさ”が後の展開とのギャップを生み、「まさかこんなことに…!」という衝撃を際立たせていると感じました。
事件をめぐる圧力とイリエの葛藤
物語が進むにつれ、外部から赴任してきた同僚バリが事件の捜査に本腰を入れようとし、村の空気が揺れ始めます。一方、村の有力者は「何もなかったことにしてほしい」と、さりげなくイリエを懐柔しようとする。イリエは警官として正義を貫くべきか、それとも自分の小さな夢を守るために波風を立てない方がいいのか――。この葛藤がどんどん深まるにつれ、観客としては「イリエ、どう動くの?」とハラハラすることになります。
タイトルが示すように、保身のために“ある事”を見逃すイリエの態度は、イエスを否認したペテロの姿とも重なります。そこに良心の呵責を抱えながらも、なかなか声を上げられない弱さが見え隠れするのです。「誰しもこうなる可能性があるかも…」と想像させる絶妙なリアリティが、本作に厚みを与えているように思いました。
3. ラスト近くには意外な衝撃が…(ネタバレ回避)
『レザボア・ドッグス』を思い出させる緊張感
終盤にかけて、物語は思わぬ方向へ転がり始めます。詳しく語るとネタバレに直結するので控えますが、私は観ている途中で「まるでタランティーノ作品のような空気感があるな……」と感じました。具体的には、クエンティン・タランティーノの初期作『レザボア・ドッグス』を連想させるような対峙のシーンがあるのです。
もちろん『レザボア・ドッグス』ほど残酷に徹しているわけではありませんが、あるタイミングで緊張感が爆発し、予想外の方向へ雪崩れ込む瞬間があるという点で、田舎ののどかなムードとの落差が際立ちます。個人的には「ここまで振り切るとは!」と驚いた一幕でしたが、観る人によってはちょうど良い刺激になるかもしれません。
それでも“後味の悪さ”だけでは終わらない
一方で、本作にはブラックユーモアやコミカルな会話が散りばめられているため、不思議と救いようのない重苦しさは残りません。むしろ、「こんな田舎の小競り合いにも、いろいろ闇があるんだなぁ」という現実味とともに、どこか人間味のある笑いが込み上げてきます。
主人公イリエの優柔不断さに苛立ちつつも、「もし自分でも同じ状況になったら、声を上げられるだろうか……」と考えると、一概に責められない部分がある。そういった観客の複雑な感情をうまく揺さぶるのが本作の魅力ではないでしょうか。
まとめ:保身を優先してしまう人間の罪を浮き彫りに
ルーマニア映画『おんどりの鳴く前に』は、聖書の“ペテロの鶏”の逸話をタイトルに重ねることで、「自分の身を守るために、本来あるべき正義を見逃してしまう」という普遍的な弱さを映し出しています。前半ののどかさに油断していると、後半には予想外の緊張感に包まれ、気づけば画面から目が離せなくなっている。そんなギャップも含めて、印象に残る一本でした。
- 田舎らしいスローテンポ:最初は退屈に感じるかもしれませんが、そこが後の展開を際立たせるカギ
- ペテロの鶏=“罪への警告”:イリエが抱える葛藤や、“見て見ぬふり”がもたらす影響に注目
- 終盤の意外な展開:ややブラックなユーモアとスリルが混じり合い、作品の雰囲気が一変
映画館から帰ってくると、うちの猫・はるがいつものように“ゴロゴロ”と甘えてきました。平和で穏やかなこの時間が、もし何かの犠牲の上に成り立っているとしたら……なんて考えると、主人公イリエの姿もまったく他人事じゃないなと感じさせられます。自分の小さな幸せのために、何かを否認してしまう瞬間があるかもしれない。そうしたリアルな人間の弱さこそが、本作を単なる“田舎の事件もの”に留まらせない理由なのではないでしょうか。

小規模な公開かもしれませんが、機会があればぜひチェックしてみてください。コメントなどでみなさんの感想を伺えたら嬉しいです。それではまた、次回の記事でお会いしましょう。
外部リンク
- IMDb『Oameni de treaba』
キャストやスタッフの詳しい情報、ユーザーからの評価やレビューなどが充実しています。英語サイトですが、作品の撮影秘話やTrivia(トリビア)も多く、さらに深く知りたい方にはおすすめです。