映画『コート・スティーリング』基本データ
- 原題:Caught Stealing
- 監督:ダーレン・アロノフスキー
- 脚本・原作:チャーリー・ヒューストン
- 出演:
- オースティン・バトラー(ハンク・トンプソン)
- ゾーイ・クラヴィッツ(イヴォンヌ)
- マット・スミス(ラス) ほか
- 公開年:2025年(全米)、2026年1月9日(日本)
- 上映時間:107分
- 視聴方法(2026年1月現在):
- 全国の劇場で絶賛公開中
この記事でわかること
- 「鬱映画の巨匠」アロノフスキーが挑んだ、意外すぎるエンタメ全振りの作風について
- 物語の鍵を握る猫「バド」と主人公ハンクの美しい対比構造
- タイトル『コート・スティーリング』に込められた野球用語のダブルミーニング
- 90年代ニューヨークの空気感と、パンクバンドIDLESが鳴らす「音」の快感
- オースティン・バトラーが体現する「巻き込まれ型ヒーロー」の魅力
はじめに
こんにちは。当ブログ『ねことシネマ』へようこそ。
映画好きの皆さんにとって、ダーレン・アロノフスキーという監督はどのようなイメージでしょうか? 『レクイエム・フォー・ドリーム』での精神を削り取るような絶望、『ブラック・スワン』での狂気、あるいはブレンダン・フレイザーがオスカーを手にした『ザ・ホエール』での重厚な人間ドラマ。「観終わった後に心がざらつく」「軽い気持ちで観るとトラウマになる」……そんな、ある種の「覚悟」を要する作家、という印象が強いのではないでしょうか。
私もその一人です。彼の新作『コート・スティーリング』(原題:Caught Stealing)を観に行く際も、正直なところ「また心をえぐられる準備」をして劇場に向かいました。
ところが、です。 2026年1月9日に日本公開された本作を、公開初日のレイトショーで鑑賞してびっくり。スクリーンに映し出されたのは、私の予想を良い意味で大きく裏切る、極上のエンターテインメントだったのです。
私にとって2026年の新作映画鑑賞1本目となった本作。(2026年の映画初めは『スタンド・バイ・ミー』でした!)「この作品を選んで本当によかった!」と思える、痛快で、少し切なく、そして猫への愛に溢れた(ここ重要です!)ジェットコースタームービーでした。
今回は、あのアロノフスキーが一体どうしてしまったのか(?)、そしてなぜこの映画が「猫好き」にも「映画ファン」にも刺さるのか、ネタバレありでじっくり語っていきたいと思います。
あらすじ
※以下、ネタバレを含む可能性がありますのでご注意ください。
物語の舞台は、1998年のニューヨーク。インターネットが普及し始める直前、まだ少し危険で、雑多なエネルギーに満ちていた時代のロウアー・イースト・サイド。 主人公のハンク・トンプソン(オースティン・バトラー)は、かつてはメジャーリーグのドラフト候補になるほど将来を嘱望された野球選手でしたが、怪我により夢破れ、現在は場末のバーテンダーとしてひっそりと暮らしています。恋人のイヴォンヌ(ゾーイ・クラヴィッツ)との穏やかな日々が、彼のすべてでした。
ある日、ハンクは向かいに住む変わり者のパンクロッカー、ラス(マット・スミス)から、飼い猫の「バド」を預かってほしいと頼まれます。人の好いハンクはそれを引き受けますが、それが悪夢の始まりでした。 直後、ハンクのアパートに、ロシアンマフィア、サディスティックな殺し屋、腐敗した刑事など、およそ関わりたくない連中が次々と押し寄せてきたのです。
彼らの狙いは「ラス」と、彼が隠したとされる何か。ハンクは何も知らないまま、猫のバドを抱えてニューヨークの街を逃げ回ることになります。 理不尽な暴力、裏切り、そして大切な人の喪失。追い詰められた元野球選手のハンクは、ついに「逃げること」をやめ、バットならぬ知恵と拳で、人生を賭けたリベンジ(盗塁)を試みるのでした――。

作品の魅力
ここからは、私が劇場で感じた興奮と、本作が持つ多層的な魅力について深掘りしていきます。
猫が単なる「道具」じゃない!バドとハンクの美しい対比
当ブログとしては、やはり「猫」について語らないわけにはいきません。 本作のキーキャラクターである猫の「バド」。彼は、サスペンス映画によくある「マクガフィン(物語を動かすための単なるきっかけ)」として登場しますが、アロノフスキー監督はバドを単なる小道具では終わらせませんでした。
私が強く惹かれたのは、「誰彼構わず牙を剥く猫(バド)」と、「理不尽な状況からひたすら逃げ回る男(ハンク)」という、鮮やかな対比構造です。 物語の前半、ハンクはどうして自分が追われているのかも分からず、ただただ受動的に逃げ惑います。一方で、彼が必死に守ろうとするバドは、敵であろうとハンクであろうと、気に入らなければ容赦なく噛みつき、シャーッと威嚇します。この「野生の強さ」を持つバドの存在が、物語が進むにつれてハンクの鏡となり、やがてハンク自身が「いつ牙を剥くのか?」というカタルシスへの伏線として機能していくのです。
脚本の構成として、この「猫の使い方」は本当に美しいと感じました。ラストシーンに至るまで、バドという存在がハンクの運命に寄り添い続ける点には、監督の(あるいは原作者の)確かな愛を感じずにはいられません。
※猫好きの方へ少しだけ注意喚起 本作に登場する悪党たちは本当に極悪非道です。直接的な残酷描写こそありませんが、「猫に対して酷いことをした」と示唆される胸が痛むシーンが存在します。私自身、想像して辛くなりましたが、それがあるからこそ「ハンク、絶対に許すな!」「やってしまえ!」という強烈な没入感が生まれたのも事実です。
「過去への未練」を振り切り、「今」を生きろ
本作のタイトル『Caught Stealing』は、野球用語で「盗塁失敗(刺殺)」を意味します。 主人公のハンクは、元野球選手志望という設定。彼は夜な夜なサンフランシスコ・ジャイアンツの試合を見つめ、怪我さえなければ手に入っていたはずの「あり得たかもしれない未来」に囚われています。言うなれば、彼の人生そのものが、夢への盗塁に失敗し、アウトになった状態で止まっていたわけです。
そんな彼が、マフィアに追われるという極限状態に放り込まれることで、強制的に「過去」を見ることをやめ、「今、この瞬間」をどう生き延びるかという現実に引き戻されます。 アロノフスキー監督はこれまでも『レスラー』や『ブラック・スワン』で、何かに取り憑かれた人間の姿を描いてきましたが、本作がそれらと決定的に違うのは、主人公が「過去の亡霊」や「強迫観念」を乗り越え、生存へのバイタリティを獲得していく点にあると感じました。
「Caught Stealing(盗塁失敗)」という烙印を押された男が、人生というゲームでもう一度チャンスを掴み取ろうとする姿。このタイトルには、野球用語としての意味と、人生の再起というテーマが見事に掛け合わされており、非常に知的でおしゃれだと膝を打ちました。
アロノフスキーが描く「90年代NY」と「音」の快感
映画を観ていて驚いたのが、その映像と音から放たれる「90年代の空気感」です。 舞台設定である1998年は、奇しくもアロノフスキー監督のデビュー作『π』が公開された年でもあります。監督自身が青春を過ごしたであろう当時のニューヨーク――ジェントリフィケーション(高級化)で綺麗になる前の、汚くて、危険で、でもどうしようもなく魅力的だったあの街並みが、スクリーンに見事に再現されていました。
特に印象的だったのが、音楽の使い方です。今回はアロノフスキー作品常連の重厚なオーケストラではなく、イギリスのポストパンクバンドIDLESを起用しています。彼らの奏でる荒々しく攻撃的なサウンドが、ニューヨークの雑踏や暴力的な展開とシンクロし、映画全体にとてつもない疾走感を生んでいました。 ザ・クラッシュの名曲『Police & Thieves』のカバーが流れた時は、まさに「警察と泥棒(悪党)」が入り乱れる本作の状況そのもので、鳥肌が立ちました。
この映画は、アロノフスキー監督が自身のルーツである「90年代インディペンデント映画」の精神に立ち返りつつ、現代のスターであるオースティン・バトラーを起用して、「最高に楽しい映画を作ってやろう」と遊んでいるようにも見えます。その「余裕」と「遊び心」が、本作を特別なエンターテインメントに昇華させているのです。
オースティン・バトラーという「受け身のスター」
主演のオースティン・バトラーも素晴らしかったです。『エルヴィス』や『デューン 砂の惑星 PART2』でのカリスマ的な役柄とは打って変わり、今回は「信頼しすぎる愚か者」とも言える、どこか抜けた、しかし愛すべき一般市民を演じています。
彼は元アスリートという設定に説得力を持たせる肉体を作り上げていますが、その大きな体で小さくなって逃げ回る姿が、なんとも言えない愛嬌を醸し出しています。ブラッド・ピットが『スナッチ』や『ファイト・クラブ』の頃に見せていたような、「汚れ役なのに画面を支配してしまうスター性」を彼からも感じました。 また、プエルトリコ出身のスーパースター、バッド・バニーが演じる殺し屋との共演も、画面の強度を上げていましたね。

まとめ:アロノフスキー流「優等生的なエンタメ」の誕生
映画『コート・スティーリング』は、これまでのアロノフスキー作品のように、観客に精神的なダメージを与えたり、難解な哲学を問いかけたりする作品ではありません。 その意味では、彼の作家性を期待しすぎると「尖りが足りない」と感じる方もいるかもしれません。しかし、私としては、あのアロノフスキーがここまで「観客を楽しませること」に徹したという事実そのものに感動しましたし、結果として生まれたのが、誰が観ても楽しめる「優等生的な極上エンターテインメント」であったことは、嬉しい誤算でした。
原作小説はもっと救いのないハードなノワールだそうですが、映画版はより「映画的なカタルシス」を感じられる結末に着地しています。見終わった後、「あー面白かった!ハンクもバドも最高!」と晴れやかな気持ちで映画館を出られることは保証します。
「アロノフスキーは怖そうだから……」と敬遠していた方も、ぜひこの機会に劇場へ足を運んでみてください。 きっと、オースティン・バトラーの魅力と、たくましい猫のバド、そして90年代ニューヨークの熱気に魅了されるはずです。
あなたはこの映画を観て、どう感じましたか? 「猫が可愛かった!」「あのシーンの音楽が最高だった!」など、ぜひコメント欄で教えてください!
- IMDb『コート・スティーリング』
キャストやスタッフの詳しい情報、ユーザーからの評価やレビューなどが充実しています。英語サイトですが、作品の撮影秘話やTrivia(トリビア)も多く、さらに深く知りたい方にはおすすめです。