映画『おさるのベン』基本データ
- 原題: Primate
- 監督: ヨハネス・ロバーツ
- 主要キャスト:
- ジョニー・セコイヤ(ルーシー)
- トロイ・コッツァー(アダム)
- ジェシカ・アレクサンダー(ハンナ)
- ジア・ハンター(エリン) ほか
- 公開日: 2026年2月10日(日本)
- 上映時間: 89分
- ジャンル: アニマル・パニック、ホラー、スリラー
- 視聴方法(2026年2月現在):
- 全国の劇場で公開中
この記事でわかること
- 映画『おさるのベン』のあらすじと、牧歌的なタイトルからは想像もつかないR指定の恐怖の正体
- チンパンジーという「知性ある動物」だからこそ成立する、理屈が通じない絶望的な読み合い
- アカデミー賞俳優トロイ・コッツァーの起用が仕掛ける、ホラー映画史に残る「音の不在」のサスペンス
- 昨今の高尚なホラーブームに逆行し、89分というタイトな尺で「お約束」をやり切る圧倒的な潔さ
- どんな気分の時に観るべきか、そして映画館での鑑賞マナーについての個人的な所感
はじめに
皆さんは、週末の映画館で「思わぬ拾い物」をして、心が震えるような体験をしたことはありますか?
今回ご紹介するのは、2026年2月10日に日本公開されたヨハネス・ロバーツ監督のホラー映画『おさるのベン(原題:Primate)』です。正直に告白しますと、私が本作を観に行った理由はかなり消極的なものでした。世間は3連休なのに、どうしても観たい!と食指が動く作品が少なく、「週に2〜3回は劇場で映画を浴びたい」という私のルーティンを満たすために、公開作のリストから拾い上げた一本だったのです。
予告編を観た時点での印象は、「よくあるB級の動物パニックムービーかな」というものでした。近年は『Together』のように、ホラーの体裁を取りながら愛や人間関係といった哲学的なテーマを内包する作品が増えています。それに比べて本作は、あまりにも直球すぎるように思えました。さらに、日本での『おさるのベン』という、まるでファミリー向けコメディのような牧歌的なタイトル。どうしても警戒心が働いてしまいます。
しかし、公開初日にアメリカの映画批評サイト「Rotten Tomatoes」を確認すると、批評家スコアが異常に高く「Certified Fresh」を獲得しているではありませんか。「それならば外すことはないだろう」と、ホラーが好きだが得意ではない私にとって半分挑戦のような気持ちで劇場へ足を運びました。

結果から言うと、めちゃくちゃ怖くて、そして文句なしに面白い作品でした。ただ怖がらせるだけでなく、映画としての「計算された仕掛け」が随所に光っていたのです。今回は、可愛いタイトルに騙されてはいけない本作の真の魅力と恐ろしさを、じっくりと紐解いていきたいと思います。
あらすじ
物語の舞台は、ハワイの隔離された断崖に建つ、広大で豪華な邸宅です。大学の1年目を終えた主人公のルーシーは、生意気な友人ハンナや親友のケイトたちを連れて、この美しい実家へと帰省します。
実家で彼女たちを出迎えるのは、聴覚障害を持つ父のアダム、幼い妹のエリン、そして亡き母が引き取り、家族同然に育てられてきたチンパンジーの「ベン」です。動物学者であった母の教育により、ベンは改造されたタブレット端末(Speak-and-Sayアプリ)を使って人間と初歩的な会話ができるほどの知性を持っています。久しぶりの再会に心を躍らせ、プールサイドでのパーティーなど、絵に描いたような楽しい休暇を満喫するルーシーたち。
しかし、悲劇の足音は静かに近づいていました。島には存在しないはずの、狂犬病を持ったマングースとベンが接触してしまったのです。父アダムが出張で家を空けた直後、ベンの様子が急変します。いつもは賢くて優しい瞳をしていたベンが、理性を失い、冷酷な捕食者へと変貌を遂げたのです。

外部との連絡手段が限られた陸の孤島。迫り来るのは、単なる野獣ではなく、家の構造を熟知し、人間の行動を先読みする知性を持った狂暴なチンパンジー。若者たちは、この逃げ場のない密室で生き残ることができるのか。楽しいはずのバカンスは、一瞬にして血塗られたサバイバルへと転落していきます。
作品の魅力
ここからは、私が『おさるのベン』を観て「これはただのB級パニックではない」と唸らされたポイントを、いくつかの視点から解剖していきます。
チンパンジーの知性と「タブレット」が反転させる恐怖構造
動物が人間を襲うパニック映画は、ヒッチコックの『鳥』やスピルバーグの『ジョーズ』など、映画史において決して珍しいものではありません。私自身も鑑賞前は「今さら動物パニックで新鮮味を出せるのか?」と疑っていました。
しかし、本作の脅威が「チンパンジー」であるという設定が見事に効いています。鳥やサメという純粋な本能の塊とは異なり、チンパンジーには確かな知性があります。力で圧倒されるだけでなく、暗闇の中で人間の行動を読んでくる「理屈が通じそうで、絶対に届かない」という冷酷な読み合いが、全編にわたって極度の緊張感を持続させます。
その知性を象徴し、かつ最悪の形で利用されるのが「タブレット端末」です。序盤では、言葉を持たないベンがルーシーの名前を呼び、心を通わせるための美しいコミュニケーションツールとして描かれます。しかし、狂犬病を発症したベンは、暗闇の中で獲物(人間)をストーキングしながら、このタブレットの合成音声で「ルーシー…バッド(Lucy… bad)」と執拗に鳴らし、挑発してくるのです。
かつて信頼関係の象徴だった道具が、サディスティックな心理的凶器へと180度反転する。同じ道具を逆の意味で再登場させるこの残酷な演出には、思わず座席で身震いしてしまいました。
プラクティカル・エフェクトの質量と、アナモルフィックレンズが描く「見えない恐怖」
昨今のハリウッド映画では、クリーチャーの表現はほぼCGIに頼るのが主流です。しかし本作は、あえてスーツアクター(ミゲル・トーレス・ウンバ)が着ぐるみを着て演じるという、実写特撮の道を選んでいます。
この決断が大正解でした。スクリーンに映し出されるベンには、圧倒的な「物理的な質量と重さ」があります。獲物にのしかかり、肉を引き裂く暴力(本作はR指定の容赦ないゴア表現が頻発します)が、生身の俳優の動きをベースにしているため、脳に直接訴えかけてくるような生々しい恐怖があるのです。

さらに特筆すべきは、撮影監督スティーブン・マーフィーによるカメラワークです。本作は横長のアナモルフィックレンズを使用し、意図的に被写界深度を浅くして背景をぼかしています。この手法により、登場人物の背後の暗がりに「あれ……ベン、いるよね?」と観客に“先に見せてしまう”構図を多用しているのです。
大きな音で突然驚かせる安易なジャンプスケアに頼るのではなく、「志村、後ろ後ろ!」という古典的でありながら最も精神を消耗する状況を、美しい映像の質感とともに作り上げている手腕はお見事の一言でした。
高尚なホラーへの反逆。89分で「お約束」を完走する潔さ
最近のホラー映画は、「社会問題を反映している」「トラウマの寓話である」といった、深く考察できるテーマ性を持ち合わせることが一種のトレンドになっています。しかし、ヨハネス・ロバーツ監督は、そうした知的で高尚な映画作りに真っ向から背を向け、本作を「極限の緊張と暴力だけを提供する体験型ホラー」として叩きつけてきました。
- 姿が見えない状況で、絶対にやってはいけない音を立ててしまう
- スマホがあるのに、パニックになって真っ先に警察を呼ばない
- 途中で乱入してくるチャラい男たちは、見事なまでに凄惨な犠牲者枠となる
観客が「いや、それやるなよ!」とツッコミを入れたくなるような、キャラクターたちの非論理的な行動。通常の映画であれば脚本の粗として批判される部分ですが、本作においては「恐怖のシチュエーションを次々と転がすための潤滑油」として、驚くほど自覚的かつ潔く配置されています。
89分というタイトな上映時間の中、無駄な人間ドラマを削ぎ落とし、ホラー映画の「お約束」を期待通りに、そして期待以上の残酷さで消化していく。この割り切り方こそが、本作を極上のアトラクション映画に押し上げている原動力です。
「音の不在」が唯一の希望を打ち砕く、トロイ・コッツァーの凄み
そして、私が本作で最も感動し、同時に絶望したのが、ルーシーの父・アダムを演じたトロイ・コッツァーの存在です。
『CODA あいのうた』でアカデミー賞を受賞した彼が、なぜこのB級パニックホラーに起用されたのか。序盤で彼が手話で会話をする姿を見たとき、「多様性を意識しただけのキャスティングか?」と一瞬疑ってしまった自分を恥じました。この設定は、後半のサスペンスにおいて最悪のギミックとして機能するのです。
ホラー映画において「音」は生命線です。本作でも環境音や足音が恐怖を煽る中で、終盤、出張からアダムが帰宅します。序盤の描写から、観客は「彼なら笛を使ってベンを止められる!」と一筋の希望を抱きます。
しかし、ルーシーが襲われ、絶叫しているまさにその瞬間。カメラがアダムの視点(主観)に切り替わった途端、映画館の音響が完全に無音になります。
観客には悲鳴が聞こえているのに、アダムには聞こえない。すぐそこで愛する娘が殺されそうになっているのに、彼は何も気づかずに歩を進めている。ヒッチコックが提唱した「観客だけが事実を知っているサスペンス」を、「音の遮断」という手法で極限まで高めたこのシーン。「頼むから気づいてくれ!」というもどかしさと、唯一の希望が全く役に立たない絶望感が入り混じり、「うわ、そう来たか……」と心の中で深くひれ伏しました。
まとめ
ノーチェックで劇場に飛び込んだ映画『おさるのベン』でしたが、可愛いタイトルとは裏腹に、極限の身体的恐怖と、映画的な計算に満ちた素晴らしいパニックスリラーでした。
ラストシーンの余韻も非常に秀逸です。警察の鑑識が回収したタブレットから再び「ルーシー…バッド」という音声が再生され、一瞬ヒヤッとさせる。変に説明しすぎず、映画的なスパイスを効かせた綺麗な着地でした。
- どんな気分で観る?: 深い考察や感動を求めるのではなく、純粋なアドレナリンと、ジェットコースターに乗るような恐怖体験を求めている夜に。
- 向いている人: ホラーの「お約束」を愛せる人、グロテスクな描写(R15+)に耐性がある人。
- 余韻: 心拍数が上がった後の、心地よい疲労感。
最後に一つだけ、個人的な余談を。 本作は「音」や「静寂」が極めて重要な意味を持つ映画ですが、私が鑑賞した回では、近くに座っていた若者グループがショッキングなシーンのたびに小声で“会話”をしており、没入感が大きく削がれてしまいました。驚きの声が出るのは仕方ないにせよ、先の展開を読んで没入するホラー映画において、劇場での私語は本当に致命的です。素晴らしい映画体験を守るためにも、マナーには気をつけたいものですね。
とはいえ、映画そのもののクオリティは折り紙付きです。「タイトル詐欺」と敬遠せず、ぜひ映画館の暗闇と極上の音響環境で、この理不尽な恐怖に立ち向かってみてください。
- IMDb『おさるのベン』
キャストやスタッフの詳しい情報、ユーザーからの評価やレビューなどが充実しています。英語サイトですが、作品の撮影秘話やTrivia(トリビア)も多く、さらに深く知りたい方にはおすすめです。