映画『コンパートメントNo.6』基本データ
- タイトル:『コンパートメントNo.6』(原題:Hytti No. 6)
- 公開年:2021年(フィンランド)、2023年(日本)
- 監督:ユホ・クオスマネン
- 出演:
- セイディ・ハーラ(ラウラ)
- ユーリー・ボリソフ(リョーハ) ほか
- 上映時間:107分
- 受賞歴:
- 第74回カンヌ国際映画祭・グランプリ(審査員賞)
- フィンランドの映画賞ユッシ賞で作品・監督・主演女優賞など7部門受賞
- ゴールデングローブ賞外国語映画賞ノミネート ほか多数
- 視聴方法:U-NEXTなどで配信中
この記事でわかること
- 映画『コンパートメントNo.6』のあらすじとロードムービー的魅力
- フィンランドとロシアの「寝台列車」を舞台にした独特の演出手法
- 主人公ふたりの関係性が生む“魂の交流”を描いたドラマの見どころ
- 35ミリフィルム撮影や音響デザインなど、作品の映像・音響的な魅力
はじめに
こんにちは。当ブログ『ねことシネマ』へようこそ。今回は、2021年のカンヌ国際映画祭で見事グランプリを受賞し、大きな話題となったフィンランド発の映画『コンパートメントNo.6』をご紹介します。フィンランドの新鋭監督ユホ・クオスマネンによるロードムービー的な人間ドラマで、寒々しいロシアの北極圏を舞台に、偶然同じ寝台列車のコンパートメントに乗り合わせた男女の心の交流を静かに描き出す秀作です。
実は私自身、U-NEXTで何か面白い作品はないかなと探していたときに、この『コンパートメントNo.6』がトップページに表示されていたのを見つけたのが鑑賞のきっかけでした。「カンヌでグランプリなら、まずハズレはないだろう」という“受賞作”への信頼と、上映時間が107分と程よい長さという理由から、かなり軽い気持ちで再生してみたのです。ですが、観終わった後には「これは本当に観てよかった」と心から思うほどの満足感があり、なぜ今まで放置していたのかと少し後悔するほどでした。
今回は、この映画のあらすじや見どころ、そしてフィンランドとロシアを行き来する独特の時代背景などを、私の感想とともにざっくりご紹介します。最後までぜひお付き合いください!
あらすじ
物語の舞台は1990年代のロシア。フィンランドからモスクワへ留学していた考古学専攻の女性・ラウラ(セイディ・ハーラ)は、恋人のイリーナとともに極北の街ムルマンスク近くにある「ペトログリフ(岩面彫刻)」を見に行くはずでした。しかし出発直前、恋人にあっさり同行をキャンセルされてしまい、やむなく一人で寝台列車に乗り込むことに。
ラウラが振り分けられたのは6号室(コンパートメントNo.6)。その相部屋となったのはロシア人炭鉱労働者のリョーハ(ユーリー・ボリソフ)でした。リョーハは大酒飲みで粗野な言葉づかい。しかも無神経な絡み方をしてくる彼に、ラウラは初対面からうんざりします。言葉も文化もまったく違う二人は、寝台の上下段でなんとか距離を取ろうとするものの、狭い車内では否応なく近接し合わざるを得ません。長い道中、反発し合う二人が徐々に打ち解けていくのか、それとも一生相容れないまま目的地に到着するのか。列車という閉ざされた空間で、ある種“逃げ場のない”ロードムービーが展開していきます。

作品の魅力
ロードムービーとしての醍醐味
本作の見どころのひとつは、やはり「ロードムービー」としての魅力にあります。ロシアを北へひたすら走る寝台列車の旅は、地理的な移動距離が伸びるほどに登場人物の心の距離が少しずつ縮まっていく――という、ロードムービー定番のドラマを丁寧に踏襲しています。
前半はラウラとリョーハの衝突が続き、カメラワークや構図でもあえて二人を同じフレームに収めないシーンが多めです。しかしストーリーが進むにつれ、彼らの距離感がやわらかく変化していき、後半にはひとつの画面に納まって自然に会話をする場面も増えていく。そうした演出が「心の雪解け」そのものを映像で表現しています。
監督ユホ・クオスマネンの演出手法
監督は、デビュー作『オリ・マキの人生で最も幸せな日』でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門を受賞したユホ・クオスマネン。実は私、『オリ・マキ~』はまだ観られていないんですが、繊細な演出が持ち味という評判をよく耳にします。台詞に頼らず、登場人物のしぐさや沈黙の瞬間を丁寧に描くことで、“心の動き”をリアルに浮かび上がらせるのが上手い監督だそうで、本作でもその魅力が十分に感じられました。
さらに本作では、「列車」という特殊なロケーションにこだわり、本物の旧ロシア寝台車両を使って撮影を行ったのも大きな挑戦でした。グリーンスクリーン合成を避け、実際に走行しながら撮ることで、揺れるカメラや独特の雑音などがリアルに画面に宿っています。だからこそ、見ている私たちもラウラと同じ車内に閉じ込められているような気分になります。
俳優ふたりのケミストリー
物語を支えるのは、なんといっても主人公ラウラ役のセイディ・ハーラと、リョーハ役のユーリー・ボリソフの演技力です。
- ラウラ(セイディ・ハーラ):
内気で傷つきやすい性格ながら、ときおり不器用な強さも見せる――そんな微妙な心理を、表情や佇まいだけで雄弁に語ります。終盤、彼女が泣きながら笑顔を見せる場面には胸を打たれました。 - リョーハ(ユーリー・ボリソフ):
一見するとただの荒くれ者ですが、その粗野さの裏には寂しさや不安定さがちらつくキャラクター。ボリソフ演じるリョーハは、一見荒っぽいけど、ときどき無垢な少年みたいな顔を見せてハッとさせられます。
ちなみに、彼は2025年の第97回アカデミー賞で作品賞を受賞した『ANORA(アノーラ)』にイゴール役で出演し、自身も助演男優賞にノミネートされています。
私は『アノーラ』を先に観ていたので、「あっ、イゴールの人だ!」と気づいたときは思わずテンションが上がりました。
ロードムービーにありがちな“男女の恋愛”に簡単に落とし込むのではなく、「不器用な友情」あるいは「兄妹のような絆」を描いている点が本作の大きな魅力です。監督自身が「ロマンチックな恋愛を超えた魂の交流を描きたかった」と語るように、異質な存在同士が徐々に理解し合っていく姿が、観終わったあともずっと心に残ります。

旅の時代背景と「強制的な共同体験」
スマホやSNSが当たり前の今とは違い、90年代後半の列車旅には「逃げ場のない共同体験」がありました。現代であれば、スマホに没頭して相手と会話をしなくても済むかもしれませんが、本作の時代設定では、ラウラもリョーハも実際に顔を合わせ、ひとつの空間を共有せざるを得ない。そのせいか、序盤の不快感や衝突も逃げようがないリアルな形で描かれますが、だからこそ「わかりあえるかもしれない」という希望にも説得力が生まれます。
監督が「国籍や性別、セクシュアリティでキャラを固定したくない」と語るように、ラウラとリョーハの間には国境や言語、性別などを超えた根本的な“人間同士”の交流があるというテーマも印象的です。寒々しいロシアの冬景色や停滞感漂う社会情勢が背景にあるからこそ、そうした微かな絆がより輝いて見えてくるのではないでしょうか。
映像・音響がもたらす臨場感
本作は35ミリフィルムで撮影されており、少しざらついたノスタルジックな質感が印象深いです。とくに列車の狭いコンパートメント内では手持ちカメラが多用され、ささやかな揺れや息遣いまで感じられます。夜の車内シーンでは、暗がりの中に浮かぶランプの光がなんとも幻想的で、狭苦しいはずの寝台車が一種の“隠れ家”のようにさえ思えてくるのが不思議です。
また音響面でも、レールを刻むガタンゴトンという走行音や金属のきしみが大きな役割を果たしています。スマホの通知音など一切ない時代ならではの静けさに包まれる瞬間がかえって新鮮で、観ているこちらまで列車の揺れに身を委ねているような気分になりました。
まとめ
『コンパートメントNo.6』には、派手な仕掛けやアクションはほとんどありません。でも、淡々と進む物語の中で、主人公たちの心がじわじわとほどけていく過程が、私たちにも静かな感動をもたらしてくれるんです。最初は「ちょっと苦手かも」と感じてしまう相手でも、ふとした優しさや言葉にならない思いやりを見せられると、いつの間にか心がほぐれていく。そのごくささやかなやり取りが、観終わったあとにほんのり温かい余韻となって残ります。
ラストシーンでは、切なさと前向きさが絶妙に同居する不思議な空気に包まれ、「どこに行くかより誰と旅するかが大事なんだな」と改めて考えさせられました。観終わった方はぜひ、あなたが感じたことを教えてください。きっとそれこそが、この映画の“正解”なんだと思います。
- IMDb『コンパートメント No.6』
キャストやスタッフの詳しい情報、ユーザーからの評価やレビューなどが充実しています。英語サイトですが、作品の撮影秘話やTrivia(トリビア)も多く、さらに深く知りたい方にはおすすめです。