映画『ムーンライト』基本データ
- タイトル:『ムーンライト』
- 公開年:公開年:2016年(米国)、2017年(日本)
- 監督:バリー・ジェンキンス
- 主演:
- トレヴァンテ・ローズ(大人のシャロン(ブラック)役)
- アンドレ・ホランド(大人のケヴィン役)
- ジャネール・モネイ(テレサ役)
- マハーシャラ・アリ(フアン役) など
- 上映時間:111分
- 主な受賞・映画祭出品:
- 第89回アカデミー賞(2017年)で作品賞を受賞
- 第74回ゴールデングローブ賞(2017年)でドラマ部門作品賞を受賞 など
- 視聴方法:
- 各種動画配信サイトで配信中
この記事でわかること
- 『ムーンライト』のおおまかなあらすじ(ネタバレ配慮)
- 映像美やカメラワーク、三部構成がもたらす魅力
- 社会的・文化的意義が注目される理由
- 再鑑賞だからこそ得られた個人的な発見と感動
はじめに
こんにちは。当ブログ「ねことシネマ」にお越しいただきありがとうございます。本日は第97回アカデミー賞の授賞式が行われ、ショーン・ベイカー監督の『ANORA』が見事作品賞を受賞しましたね。まさに映画界に新たな一ページが刻まれた瞬間でした。そんなアカデミー賞をめぐる思い出と深く結びついている作品が、バリー・ジェンキンス監督の『ムーンライト』です。2017年の授賞式では、一度は『ラ・ラ・ランド』が作品賞と発表された後に訂正され、本作が受賞するという“事件”が大きな話題となりました。当時は「地味だし、そこまで評価される映画なのかな?」とピンと来なかったのが正直なところでしたが、数年経ってから再鑑賞してみると、映像美やカメラワーク、三部構成の妙味、そしてブラックコミュニティやLGBTQ+のテーマへの深い切り込みが驚くほど胸に響き、「やっぱり名作だな」と素直に納得できました。

あらすじ
本作はマイアミの貧困地域で暮らす黒人少年シャロンの成長を、3つの章に分けて描きます。
- 第一部:「リトル」
幼い頃のシャロン(通称リトル)は、いじめに遭い、母親の麻薬依存にも苦しんでいます。そんな彼にとって、ドラッグディーラーのフアンとその恋人テレサだけが安らぎを与えてくれる存在でした。 - 第二部:「シャロン」
思春期を迎えたシャロンは、性的アイデンティティへの戸惑いや、周囲からの揶揄・暴力に耐えながら日々を過ごします。学校でも家庭でも行き場を失いかける中、海辺のビーチでの体験が、彼の心に深い痕跡を残すことに。 - 第三部:「ブラック」
成長して屈強な体格を手に入れ、“ブラック”という名で通るようになったシャロン。しかし、大人になっても消えない心の傷や孤独感が彼を苦しめます。旧友との再会によって、彼の中に残された繊細な部分が少しずつ浮き彫りになっていきます。
映像美とカメラワーク
本作が“静かに胸を打つ”理由のひとつは、圧倒的な映像表現です。冒頭でドラッグディーラーのフアン(マハーシャラ・アリ)を360度回り込むように撮影した長回しは一気に観客を引き込みます。少年シャロンの視線に合わせたように低く構えられるカメラや、あえて手持ちで揺れを強調したショットなど、場面ごとに異なる撮り方を取り入れることで、登場人物の心情がダイレクトに伝わってきます。
また、色彩設計も秀逸です。夜のシーンで強調されるブルーやパープル、街灯のオレンジ、そして海辺の光と影が、リアリズムと詩的なムードを絶妙に行き来します。物語が進むにつれて変わる色合いはシャロンの内面を映しているようで、観る者の感情を自然に揺さぶる力を秘めています。
三部構成がもたらす余韻
『ムーンライト』は、第一部「リトル」、第二部「シャロン」、第三部「ブラック」という三部構成です。この構造がとても巧みで、それぞれの章はあまり長くはありませんが、章と章のあいだにある時間の変化を想像させる余地が大きいのです。
幼少期から思春期へ、そして大人になったシャロンは見た目も性格もガラリと変わっていく。その変貌の背景を「描きすぎない」ことで、観客に「この空白の間にどんな経験をしてきたのだろう?」と考えさせます。最初はリトルと呼ばれるほど小さく弱々しかった少年が、いつしか屈強な大人として生き抜くようになる――その空白を埋めるのは観客自身の想像力であり、それが本作の魅力的な余韻を生んでいると感じます。
社会的・文化的インパクト
さらに見逃せないのが、社会的・文化的な意義です。黒人コミュニティの貧困やドラッグ問題、そして主人公シャロンがゲイとして苦悩する姿――これまでハリウッドの主流では十分に描かれてこなかった領域に本作は踏み込んでいます。そうしたテーマを扱いつつも、説教臭くならず、あくまで一人の少年の人生を丁寧にすくい上げるアプローチが多くの人の心を打ちました。
アカデミー賞作品賞を受賞した当時、主要キャストが全員黒人で、主人公がゲイという作品の作品賞受賞は初めてのことでした。それは映画業界にとっても象徴的な出来事であり、ハリウッドが抱える多様性の問題をあらためて考えさせる一つの転機だったと言えるでしょう。
今回の再鑑賞で感じたこと(個人的感想)
実は当初、『ラ・ラ・ランド』も大好きな作品だったので、「『ムーンライト』が作品賞を奪った?」という印象が強かったのは事実です。ですが、久しぶりに『ムーンライト』を観ると、初見で感じた“地味さ”はどこへやら。その静かな表現の中にこそ、奥深いエモーションが詰まっているのを痛感しました。
- 冒頭の回転ショット
フアンを360度映し出すあのショットだけで、すごく映画的なテンションが上がります。最初から「この作品、映像へのこだわりがハンパじゃないぞ」とワクワクしました。 - 三部構成の“間”
章ごとに全然違う人に見えるシャロン。しかし、根底にはやはり同じ魂が宿っている。三部のあいだが描かれていない分、そのドラマを想像しながら観ることで物語への没入感が高まります。 - 思わず考えてしまう映像の余韻
ブルーやパープルの照明、海辺の情景、正面から映し出されるシャロンの瞳……。あの色彩やショットの数々は、言葉以上にシャロンの心を表現しているように思います。改めて、「当時の私はなんでその魅力を汲み取りきれなかったんだろう?」と振り返るほどです。 - 『ラ・ラ・ランド』とは違う種類の“後味”
一方の『ラ・ラ・ランド』は華やかな音楽とダンスで心を奪い、痛快さと切なさを同時に残す作品ですよね。対して『ムーンライト』は静かに内面を抉りながら、観終わったあとの余韻をじわじわ広げていくタイプ。再鑑賞してみると、作品賞に選ばれたことにも大きく頷ける奥深さがあると感じました。

まとめ:いまこそ観たい、人生を映し出す静かな傑作
今年(第97回)のアカデミー賞ではショーン・ベイカー監督の『ANORA』が栄冠に輝き、新たな歴史が刻まれました。一方で、かつて「アカデミー作品賞を巡るゴタゴタ」でも話題を呼んだ『ムーンライト』は、いま観直すと当時の騒動を超えて、改めて胸に深く響く名作です。カメラワークや照明、三部構成の巧みさ、そして主人公が辿る孤独と自己発見のプロセス――すべてが静かに、しかし力強い感動をもたらしてくれます。
最初に観たときはピンとこなかった方も、時間を置いて再鑑賞してみれば新しい発見があるかもしれません。人生経験や映画経験を重ねるほどに、より深く心を揺さぶる一作として心に刻まれるでしょう。今回の記事が、そんな『ムーンライト』の再鑑賞のきっかけになれば幸いです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。もしよろしければ、感想お待ちしております。今後も「ねことシネマ」では、気になる映画のレビューをゆるやかにお届けしていきたいと思います。ぜひまた遊びに来てくださいね。
- IMDb『Moonlight』
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