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【ネタバレあり】映画『7月の物語』感想|現実がフィクションを侵食する。ギヨーム・ブラック監督の巧みな罠を解説

映画『7月の物語』基本データ

  • 原題: Contes de Juillet (July Tales)
  • 監督: ギヨーム・ブラック
  • 主要キャスト:
    • 第一部「日曜日の友だち」: ミレナ・クセルゴ、リュシー・グランスタン、ジャン・ジュデ
    • 第二部「ハンネと革命記念日」: ハンネ・マティセン・ハガ、アンドレア・ロマノ、シパン・ムラディアン、ロマン・ジャン=エリ
  • 公開年: 2017年(フランス)、2019年6月8日(日本)
  • 上映時間: 71分
  • 視聴方法(2025年7月現在):

この記事でわかること

  • 映画『7月の物語』のあらすじと、ドキュメンタリーのような質感を持つ作品の魅力
  • 対照的に描かれる二つの物語の「こじれ」と、その結末が示すもの
  • なぜ本作が多くの映画好きに高く評価されているのか、その理由
  • フィクションの物語に衝撃を与える「現実の事件」という仕掛けの巧みさ
  • 映像技法(画面の方向性)に隠された、登場人物の心情を表すサイン

はじめに

こんにちは。当ブログ『ねことシネマ』へようこそ。

今回は、ギヨーム・ブラック監督の映画『7月の物語』をご紹介します。動画配信サイトJAIHOのトップに表示されていて、71分という短さも手伝って「気軽に観てみようかな」と再生ボタンを押したのが、この素敵な作品との出会いでした。

ギヨーム・ブラック監督といえば、ドキュメンタリー映画『宝島』を観たことがあり、シネフィル(映画通)の間でとても評価が高い監督、というイメージがありました。そんな少し身構えるような気持ちで鑑賞を始めたのですが、見終わった後の率直な感想は、「これは映画好きが絶賛するのも頷ける…!」というものでした。そして、私自身、かなり好きな作品になった一本です。

フィクションでありながら、まるでドキュメンタリーを観ているかのような生々しい手触り。私たちの日常にもありふれた、人間関係の小さな「こじれ」。本作は、そんな夏の日のありふれた一瞬を切り取りながら、観る者の心に静かな、しかし確かな余韻を残します。

この記事では、そんな『7月の物語』の魅力を、少しばかりの分析も交えながら、私の個人的な感想を中心にお話ししていきたいと思います。

(C)bathysphere - CNSAD 2018

あらすじ

本作は、2016年7月のパリとその郊外を舞台にした二部構成の物語です。

第一部「日曜日の友だち」 7月のある晴れた日曜日。会社の同僚であるミレナとリュシーは、パリ郊外のレジャー施設へ遊びに行きます。そこで出会った一人の青年ジャンの存在が、二人の間に芽生え始めていた友情に、ささやかな亀裂を生んでしまいます。

第二部「ハンネと革命記念日」 7月14日の革命記念日で沸き立つパリ。国際大学都市に住むノルウェーからの女子留学生ハンネは、翌日の帰国を前に、パリでの最後の夜を楽しもうとします。しかし、複数の男性との出会いが、思いがけない人間関係のトラブルへと発展してしまいます。

作品の魅力

ここからは、本作を鑑賞して特に心に残った点や、その魅力について掘り下げていきたいと思います。

ドキュメンタリーのような、生々しい手触り

何より素晴らしいのが、この映画が持つ映像の質感です。フィクションでありながら、まるでドキュメンタリーを観ているかのような感覚。ドラマチックな演出に頼らず、登場人物たちの日常を至近距離のカメラで淡々と映し出していくスタイルは、ドキュメンタリー作品『宝島』で高い評価を得た監督ならではの手腕なのでしょう。

このドキュメンタリーのような質感は、その制作背景に深く関わっているようです。もともと本作は、フランスの名門演劇学校(CNSAD)の学生たちを俳優に起用したワークショップから生まれた企画で、ごく少人数のスタッフと、各部わずか5日間という短い撮影期間で制作されたといいます。監督はあえて「制約」を設け、偶然や即興性を歓迎するスタイルのようです。だからこそ、あのドキュメンタリーのようなヒリヒリした空気感が生まれるのかと、深く納得しました。

フランス映画というと、少し難解なイメージを持つ方もいるかもしれませんが、本作の持つ自然な会話の魅力は、物語にすっと入り込める心地よさがありました。

対照的に描かれる二つの「こじれ」

物語の中心にあるのは、人間関係の「こじれ」です。

第一部では、ミレナとリュシーの友情が一度こじれます。レジャー施設で出会った監視員のジャンが、やや強引にミレナに言い寄ることで、二人の間に気まずい空気が流れるのです。ミレナが「もう帰る」と言い出すなど、二人の間には確かに亀裂が入ります。

(C)bathysphere - CNSAD 2018

しかし、物語の終わりでは、まるで何事もなかったかのように二人は仲直りします。パリへ帰る電車の中で、疲れて眠る二人が互いの肩にもたれかかるシーンは、友情というものの不確かさや不思議さ、言葉では説明しきれない人間の複雑さを見事に表現しているように感じました。

一方で、第二部の留学生ハンネの物語も、人間関係の小さなトラブルが描かれます。しかし、その結末は第一部と非常に対照的です。パリでの最後の夜を楽しく過ごそうとしたハンネですが、結果的に友人を傷つけ、幸せな夜を迎えることはできません。個人的なレベルでの「負の側面」を抱えたまま、後味の悪い気持ちで帰国の途につくことになります。

フィクションを突き破る「現実」の暴力性

この映画が、単なるお洒落な日常の切り取りではないことを強く印象づける仕掛けが、物語の終盤にあります。第二部のラスト、ハンネが観ているテレビのニュースで、撮影期間中である2016年7月14日にフランスのニースで実際に発生したテロ事件が報じられるのです。

登場人物たちは、友人関係のいざこざという、ごく個人的で小さな「事件」に翻弄されています。その一方で、すぐ外の世界では国家を揺るがすほど大規模なテロという「事件」が起きている。この対比は非常に皮肉めいています。自分たちの悩みのちっぽけさを突きつけられるようであり、同時に、どんな大きな出来事が起きていようと、人は目の前の日常を懸命に生きるしかないのだという事実も示しているようです。

監督が淡々と日常を描き続けてきたからこそ、この現実のニュースがもたらす衝撃と対比が、より一層効果的に機能しています。監督が編集段階でこのニュースを意図的に挿入したと知り、私は、それまでの軽やかなフィクションの世界を暴力的なまでに現実に引き戻す、その極めてラディカルな試みに衝撃を受けました。この一行のニュースによって、それまで観てきた登場人物たちの個人的なドラマが、いかに脆く、儚いものであるかを痛感させられるのです。

映像言語で語られる、対照的な結末

そして、私が本作を観て特に唸らされたのが、この第一部と第二部の対照的な結末を、極めて基本的な映像のテクニックで示唆している点です。

第一部のラスト、仲直りしたミレナとリュシーがレジャー施設を後にするシーンでは、二人は画面の左手前から右奥へと歩いていきます。映像の世界で「左から右への移動」は、一般的に「前進」「正常」「勝利」といったポジティブな意味合いを持つとされています。様々なこじれはあったものの、二人がポジティブな形で一日を終えたことを象徴しているかのようです。

対照的に、第二部のラストでハンネが寮を出て帰国の途につくシーンでは、彼女は画面の右から左へと歩いていきます。「右から左への移動」は、「後退」「困難」「敗北」「不安」といったネガティブな意味合いを持ちます。友人を傷つけ、後味の悪い結末を迎えたハンネの沈んだ心情を、この移動方向が見事に表現しているのです。この対比に気づいたとき、静かに鳥肌が立ちました。セリフに頼らず、映像だけでここまで雄弁に語るなんて。これだから映画鑑賞はやめられません。

まとめ

ギヨーム・ブラック監督は『7月の物語』という一本の映画の中で、ありふれた日常に潜む人間関係の「こじれ」を描きつつ、その結末がポジティブなものにもネガティブなものにもなりうる、人生の不確かさを見事に描き切りました。

私たちの日常は、どちらに転ぶか分からない危うさをはらんでいます。そして、私たちは目の前の個人的な出来事に振り回されながら生きていますが、その外側では想像もできないような大きな事件が起きている。本作は、そんな世界の縮図を、静かながらも力強いリアリティをもって私たちに提示してくれます。

これまでギヨーム・ブラック監督の作品はドキュメンタリーしか観たことがありませんでしたが、本作をきっかけに、彼のフィクション作品にもっと触れてみたいと強く思いました。

夏の日にぴったりの、ほろ苦くも美しい71分。気になった方は、現在配信中のJAIHOで、ぜひこの余韻を味わってみてください。週末の夜、静かな時間を過ごしたいあなたに、きっと深く響くはずです。

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。あなたはこの映画のどんなところに惹かれましたか?ぜひコメントで教えてください!

  • IMDb『7月の物語』
    キャストやスタッフの詳しい情報、ユーザーからの評価やレビューなどが充実しています。英語サイトですが、作品の撮影秘話やTrivia(トリビア)も多く、さらに深く知りたい方にはおすすめです。

  • この記事を書いた人

HAL8000

映画と猫をこよなく愛するブロガー。 多いときは年間300本以上の映画を観ていて、ジャンル問わず洋画・邦画・アニメ・ドキュメンタリーまで幅広く楽しんでいます。

専門的な批評はできませんが、ゆるっとした感想を気ままに書くスタンス。 ブリティッシュショートヘア×ミヌエットの愛猫ハルも自慢したいポイントで、レビューの合間に猫写真や日常もたまに紹介しています。

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